小説

□一歩ずつ前進していきましょう。
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C太の部屋にA弥はいた。
彼らにとってはもう普通となったことだったが、二人はよくこの部屋で過ごしていた。ただ駄弁ったり、くつろいだりするだけ。だが二人はそれで良かった。幸せだった。それでも、A弥には純粋な疑問が沸いたりするわけで。
「C太は、したいとは思わないの?」
当然C太は怪訝な顔をした。なにを。
「ベッドの上で二人ですること」
坦々と、それでいてきっぱりと、A弥は言い切った。ややあって、呆然とした感じを含むC太の声が聞こえた。
「それは、純粋な疑問なの。それとも、誘ってるの」
「前者」
悪びれずにA弥が答えると、C太は困ったように笑う。それでもオレ以外の前では言わないでほしいなあ。
「それとも、C太はそれほど僕のこと好きな訳じゃないの」
嫌味でも皮肉でもなかった。C太もそれを察していて、だからこそ対応に困る。C太は大仰に溜め息をついて、手首を曲げて仕草でA弥を呼んだ。C太は自分のベッドに腰かけていた。それからまた手で示す仕草でA弥に座れと呼び掛けた。自分の膝の上。A弥は少し不思議に思いながらも、抵抗することはせず大人しく従う。C太の膝の上にA弥が跨がるように座ると、当然二人は向かい合う形になる。立って並んでいるときの身長差は逆転し、今はA弥のほうが少し頭の位置が高かった。C太は自らの両手でそれぞれA弥の両手首を掴む。そうしてA弥の顔を直視すると、A弥は少したじろぎ、紅潮した。あのね、とC太は切り出す。
「オレは、A弥のことは大好きだよ」
そう言って、C太はA弥の頬に右手を添えた。左手は依然としてA弥の左手首を掴んだままだ。添えた右手が、するりとA弥の頬を撫でる。そこから首へ、耳の裏へ。A弥はくすぐったそうに少し身をよじる。C太の右手が、とん、と指差すような形でA弥の胸を指した。
「じゃあ、A弥はしたいの?そういうこと」
「別に、したい訳じゃ……ない。
でもずっと二人っきりでいるに、ずっとのんびりしてるだけだから」
C太は僕のことどう思ってるのかな、と思って。
C太はそれを聞いて少し考える様子を見せた後、A弥の後頭部に手を回して固定して、A弥がなにか言う間もなく、A弥の唇と自らのそれを重ね合わせた。A弥は驚いて呼吸をするのも忘れ、苦しい、との意を込めてC太の胸を押す。それでもC太は止める気配を見せなかった。後頭部を固定しているC太の右手にさらに力がこもった。それから少し後に、やっとC太は離れた。ぷは、とA弥はやっと呼吸をした。
「鼻で息吸えばいいでしょ、ばか」
C太がA弥の鼻を軽くつまんだ。
「ね、キスで精一杯でしょ、A弥は」
それにね、とC太は笑って続ける。
「たしかにオレだって欲情はする時はあるよ、A弥に。興味がまったく無いと言えば嘘になる、けど。でも、そんなに急がなくてもいいんじゃないの」
オレは、A弥と二人で居られるだけでも嬉しいけどな。
「それは、僕も、だけど」
「だったら、ゆっくりでいいよ。別にそういう行為でお互いに愛情を確かめ合わなくったって、オレはずっとA弥が好きだし、ずっとA弥の側にいるよ」
ん、と短い相槌を打って、A弥はC太の胸に顔をうずめた。
確かに綺麗事かもしれないけれど、でも、まだA弥は綺麗でいいんだ。汚れた欲望だとかそういうことを何もしらないままで。オレのエゴかもしれない。でも、まだいいんだ。だってオレが好きなのは、そんなキレイなA弥の偶像じゃなくてA弥なんだから。
微笑んで、C太はA弥の頭を撫でた。
幼いころからずっと変わらない感触。だがずっと変わらないはずはない。いつかはみんな変わってしまう。
だからそんなに急がないで。今しか見られない君を、ゆっくり見せてよ。

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