小説

□背伸びしてちょうど届くその距離で
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暑い。
A弥の口から、そんな言葉がこぼれた。C太もそれを聞いて笑う。
「なんとかしてよ、C太」
「無理だから」
家に帰ればエアコンあるでしょ、とC太はA弥をたしなめる。A弥は、この暑さでは無理もないが不機嫌そうだった。
猛暑日。今日という日を一言で表すなら、この言葉が一番妥当だろうか。異常気象だ温暖化だとテレビでは騒ぎ立て、挙げ句の果てには地球滅亡の兆しだのとまでのたまう。そんな報道が朝から晩まで流れていれば、それは憂鬱にもなるだろう。
ああ、暑いなあ。C太もついそう呟いた。言ってどうにかなる訳ではないけれど、つい言ってしまうのが人間だ。そう自分に言い訳をする。
暑い、暑い。口を開けばそれしか出てこない。それほどまでに今日は暑い。確かに地球滅亡といわれるのも頷けた。
「日焼けするー……」
何を女子みたいなことを、とC太は思う。
「日焼けしたA弥、見てみたいな。ちょっと海でも行ってこようか」
軽口を叩くとA弥に睨まれた。だが、今こうして鳴いているうるさい蝉に襲われるくらい怖くない。自分で想像しておいて、C太は思わず笑いを漏らした。
「……なに?」
A弥が怪訝そうにC太を見た。
「いや、暑いから早く夏が終わればいいのにな、と思ってさ」
取って付けたように誤魔化す。A弥はまだ疑問が残る様子だったが、それ以上は何も言わない。
「ねえ、夏が終わっても、オレとA弥はこうして一緒に並んで歩いてるかな?」
オレとしてはそれがいいんだけど。
笑いながらこういうと、A弥は顔を背ける。
「……当たり前でしょ」
照れが混じったような声。顔赤いよ、とからかうと、暑いから、と返ってきた。
「オレ、A弥が大好きだよ」
自然に、さりげなく。意識してさらりと告げる。
「なに、いきなり。どうしたの」
今度の声は普通だった。でも内心かなり焦っている、はずだ。なんでもないよ、と笑って、C太は歩いている道の先を指差した。ほら、A弥の家。A弥はそれを聞いてただ頷いた。A弥の家の門の前で、意味こそないが二人は黙って立っていた。沈黙があった。やがてC太が切り出す。
「それじゃあね、A弥」
振り返って歩き出そうとしたC太を、A弥の待って、という声が呼び止めた。C太はA弥のほうに向き直る。
「どうしたの?A弥」
A弥は首を横に振った。だがその目が何かを訴えている。A弥が口を開いて、少し掠れた声が出た。
「すきだよ、C太。すき」
やはりA弥の顔は赤かった。C太は平静を装ってはいるが、おそらくあまり意味はない。C太自身も感じてはいたろうが、C太の顔も赤かった。
やばいA弥かわいい、と、正直にそう告げたら怒られるだろうか。そう言うかわりに、オレも大好きだよ、と返しておいた。A弥はしばらくうつむいていたが、少ししてばっと顔を上げた。C太を見つめている。どうしたの、と聞く間もなく、C太は襟をつかんで引き寄せられて。唇に何か当たったのが分かった。それがA弥にキスされたのだと理解した時にはもう、A弥はさっきのうつむいている姿勢に戻っていた。
「……夏だから」
A弥がそう言った。
「……全部、夏のせい、だから」
C太の口角は上がらざるをえない。暑さなんて感じる余裕はなかった。
「……そうだね」
やっとのことでそう返すと、A弥は再び口を開く。
「でも、夏限定じゃなくて、いつでも、その、僕が頑張りたいときに」
いつでもいいよ、とC太は自分より少し下の位置にあるA弥の頭を撫でる。しばらく頭を撫で続けて、今度こそC太はじゃあね、と言って、振り返って歩き出した。
数歩歩いてから、先程までの比でないほど顔が火照っているのに気付いて、帰ったらA弥にメールでもしよう、と決めた。
今日は地球滅亡の日なんかじゃなくて、世界がちょっと変わった日だ。

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