Book【新選組 spin off】

□つくし
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『つくし』



そろそろつくしが顔を出そうかという季節のある晴れた日、少年が一人多摩川添いをてくてくと歩いていた。
年のころは十をいくつか過ぎたころ、か。
名を沖田惣次郎といった。後の、沖田総司である。

彼は幼いころに父を亡くし、それよりさらにわずか前母を亡くした。
それからは歳の離れた姉に育てられていたが訳あって9つになった時、縁のあった剣術道場「試衛館」に内弟子として預けられた。

内弟子とは名ばかりの、体のいい小間使いのような扱いだったが惣次郎は別段なんということもなく、そこでの日々を送っていた。


さて、その惣次郎。
これから道場主の近藤勇の使いで、町に墨と筆、それから近藤の茶碗を買いに行くことになっていた。

墨と筆は近藤が新しく惣次郎に買い与えようというもの、そして茶碗は昨夜、惣次郎が洗い物をしているときにうっかり割ってしまったのだ。


川に沿って土手を覗き込みながら歩いているうちはよかったのだが、橋を渡り町に入っていくつか辻を曲がるとはて・・・。
困ったことになった。

道が、わからない・・・。



やみくもに歩き回ったせいで、どっちの方向から来たかも定かではなくなり惣次郎は途方に暮れた。

出て行きしなに、道場の兄弟子の井上源三郎が
「ついて行ってやるよ。」
と言ってくれたのだが、町には近藤に連れられて何度か行ったことがあった。
だから一人で大丈夫だと惣次郎は高をくくっていた。

ところがいざ来てみたらこのざま・・・。

(こんなことなら意地を張らないで、源さんについてきてもらえばよかった・・・)
そう思いながら何度か行ったり来たりを繰り返してみるのだが、どこをどう歩いてもどうにも瀬戸物屋に行きつけず、困り果てた惣次郎の目からとうとうぽたりと涙が零れ落ちた。

(僕の墨と筆はいいとして、近藤先生の茶碗だけでもなんとかしないと・・・)
と思ってみても後の祭りというやつで、惣次郎はとうとう小さな橋のたもとで足を止めた。
もう昼時もとうに過ぎ、惣次郎の腹も、ぐぅ・・・と鳴った。

腹が減るとなおさら自分が情けなく思えてきて、惣次郎は土手を下り橋げたの下で声を殺して泣いた。
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