短編

□紅い目の子
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「なんだ?」


ようやく帳簿付けが終わり、安藤先生の元に文次郎が帳簿を提出しに行った時のこと。
団蔵にじっと見つめられ、三木ヱ門は首を傾げた。


「田村せんぱいの目って赤くて綺麗ですよね!なぁ、左吉」
「……ん」


四徹目で仮眠をとっていたといえ、目をこすりながらそういう団蔵と欠伸を噛み殺しながら頷く左吉に三木ヱ門は思わず吹き出す。
ちなみに左門は三木ヱ門の隣で船を漕いでいる。


「それなぁ、私が一年生の頃に潮江先輩にも言われたぞ」
「えぇ!?」
「あの頃の私も可愛くてだなぁ」
「……はい」


呆れたように返事をする団蔵にくすりと三木ヱ門は笑う。


「だが、あの頃の私はもっと引っ込み事案で泣き虫で弱くて、からかわれてたんだぞ?」
「えー?田村せんぱいがですかぁ?」
「信じられないです」
「だったら聞かせてやろうか?私が一年生の頃を」


昔を思い出し、懐かしむように言う三木ヱ門を見て一年生二人は顔を見合わせた。
そして頷く。


「田村せんぱいのお話聞いてみたいでーす」
「ぼくもです」


なんだかんだと興味津々な二人にまたも三木ヱ門は吹き出す。
そして、言葉を紡ぎだす。
普段なら絶対しないであろう、一年生の頃を。
四徹だからと、そう理由をつけて。


「そうだな。あれは私が入学してそんなにたってない時だ……」


三木ヱ門の目は紅く、髪の色は明るい。
それが十である子供の目には珍しく、不気味なものであったのだろう。
その見た目から三木ヱ門は周りから妖怪と呼ばれ、からかわれていた。


「あ!妖怪が来たぞ!」
「こっちに来るな!」
「逃げろー!」


その言葉に幼い三木ヱ門はどんなに傷ついたことだろう。
毎日のように物陰に隠れ、涙を零していた。
そんなある日、その物陰にある人物が現れた。


「うぉ!?なんだ?どうしたんだお前」


萌黄の制服を着た先輩。
その人物こそが文次郎だったのだ。
自分より年上の先輩でさえ避けるようにする自分に声をかけてくれたうえに、隣に座った文次郎に三木ヱ門は驚いた。


「何があったんだか知らんが、男が簡単に泣くもんじゃない!」
「…………」
「……あれ?お前、あの妖怪って言われてる一年か?」
「…………」
「それでからかわれて泣いてんのか」
「…………」
「そんなことで泣いてんなよ。俺だってなぁ、」
「……せんぱいに何がわかるっていうんですか……!」
「ん?」
「そんなことって私にはそんなことじゃないんです!」
「あ、おい!」


駆け出していった三木ヱ門とそこに残された文次郎。
思わず文次郎は頭を抱えた。


「あー、もう!なんて言えばいいんだよ!」


その言葉は風に吹かれ、誰の耳にも届くことはなかった。


それから数日後、初めての委員会の日が訪れた。
会計委員会になっていた三木ヱ門はため息をついた。


(きっとせんぱい方も優しくはしてくれないだろうなぁ)


しかし、委員会からは逃れられない。
意を決して三木ヱ門は会計委員会室の戸を開けた。


「失礼します。会計委員になりました、一年ろ組の田村三木ヱ門です」
「あ、」


小さな声が聞こえた。
こてん、と首を傾げ三木ヱ門は声の方向を向く。
そこにいる人物に三木ヱ門の目が見開かれた。


「あー!?」
「ん?なんだお前ら知り合いか?」
「いえ、知り合いというわけではなく……」


歯切れの悪い文次郎に群青の制服の先輩が声をあげた。


「わかった!文次郎あれだろ!この前言ってた後輩!」
「あぁ、あの余計な事言ったってへこんでた時のか」
「先輩!?」


深緑の先輩の言葉に目を向く文次郎に三木ヱ門は再び首を傾げる。


「紅い目に明るい髪ねぇ……。確かに妖怪って言われる要素はあるわけだ」
「先輩!?何言って、」
「えっと、田村三木ヱ門だよね?」


目の前でずけずけと言われ、混乱しているまま三木ヱ門は頷く。


「君の目の前にいる文次郎も妖怪ってからかわれてたんだよ」
「……え?」
「ほら、文次郎をよく見てごらん?両方の目の形が違うだろ?
君も聞いたことがあるはずだ。妖怪の血筋は目の形が違うって」
「先輩、あの、」
「でもね、文次郎はそれに負けなかった。今では三年い組の中で一番二番を競っている」
「せ、先輩!」


紅い目にじっと見つめられ、文次郎は口ごもる。
深緑の制服を着た先輩はふっと微笑み文次郎と三木ヱ門の背中を押した。


「君たち今日は委員会しなくていい。
ちゃんと二人で誤解をときなさい」


その言葉にぺこりと文次郎は頭を下げた。
そして三木ヱ門の手をひく。
引っ張られるがまま三木ヱ門は文次郎の後を追う。
そして、連れてかれたのは初めて会った物陰だった。


「この前は悪かったすまん!」
「この前はすみませんでした!」


同時に頭を下げたことに思わず吹き出す。


「あの、せんぱい」
「俺はさっきの先輩が言ってたように目の形が違う。この目のおかげで何度もからかわれた」
「……」
「だけど、今では馬鹿にしてくる奴なんていない」
「……」
「だから、お前も大丈夫だ!下を向くな!胸をはって他の奴を見返してやれ!」
「……っ」
「あーもー!男だろ!泣くな!」


この学園に入ってから初めて頭を撫でられる。
乱暴でお世辞にも優しいといえないその不器用な撫でられ方に余計に涙が止まらない。
しばらくたってようやく泣き止んできた三木ヱ門に文次郎はほっとする。


「よし、明日から頑張れるな?」
「……っ、はい!」


ようやく顔を上げ、笑顔を見せる。


「お前、笑ってた方がいいぞ」


その言葉にぱちりと目を開く。


「お前の目は綺麗な紅だろ?それに稲穂みたいな髪だ。
俺の形の違う目よりよっぽどいい」
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