短編

□やきもち
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「さもーん!!」
「さんのすけー!!」


決断力のある方向音痴と無自覚の方向音痴。
それらを呼ぶ二人の声。
纏っている装束は紫だった。


事の始まりは授業が終わった少し後。
珍しいことに会計委員会と体育委員会の活動がなく、さらに珍しいことに滝夜叉丸と三木ヱ門が二人で組手の練習をしていた時。


「あっちだー!」
「こっちかな?」


聞き覚えのある声にぴしりと固まる。
そしてその声の方向を同時に向いた。
そこで二人が目にしたものは学園の外に出る左門と三之助だった。


捕まえるために慌てて外に出ようとした二人だったが小松田さんにより阻まれ。
外に出ることが出来たのは二人が山に迷いこんだ後だった。


「さんのすけー!」


とりあえず声を張るものの、今までの結果から見つかるとは思えない。
滝夜叉丸はため息をついた。
と、がさりと葉が動く音がした。
森の奥深く。
獣であることも十分考えられる。勿論山賊であることも。
いつでも苦無を取り出せるように懐に手を入れた。
しかし、そこにいたのは獣でも山賊でもない。
葉の間から覗いた色は探していた萌黄だった。
滝夜叉丸は逃すまいと慌てて手を伸ばした。


それとほぼ同時刻。


「おい待て!」


三木ヱ門が手を伸ばして捕まえた萌黄は探していた人物では無かった。


「あれ?田村先輩?」
「ん?次屋?」
「こんなところで何してるんすか?」
「何って……、左門を探しに」
「あー、あいつ迷子になりますもんね」


お前もだろ!という突っ込みをいれたくなったが彼は無自覚な方向音痴。
きっと今だって自分が迷子になっているなんて思ってないだろう。


「……で、お前は何してる?」
「それがおかしいんですよね。図書室が迷子なんです」
「図書室ぅ!?」
「はーい。田村先輩知りません?」


知ってるも何も裏山にあるはずがない。
ここで目を離せばまたどこかへ消えるのも分かっている。
仕方ない。左門を探すのを中断してこいつを学園に送るか。
そう考え、三木ヱ門はため息をついた。


「はぁ……。付いて来い」
「はーい。ありがとうございまーす」
「ってそっちじゃない!」


同じく左門を捕まえた滝夜叉丸も三木ヱ門同様に考えていた。
しかし、無自覚の方向音痴と決断力のある方向音痴は勝手が違う。
迷子には慣れているはずだが、とため息がでる。
だが、左門は同じ委員会の後輩ではない。
まさか縄で繋ぐ訳にも行かず、苦肉の索に手を繋ぐことにしたのだ。


「滝夜叉丸先輩と手を繋ぐのは不思議な感じですね!」
「そうだな」
「田村先輩と手を繋いだりはしません!」
「そうか」
「作兵衛はたまに繋いでくれます!」
「富松も大変だな……」
「なんでですか?」
「まぁいい」


どうにか山を出て道なき道ではない場所を歩けるようになった。
学園までの道のりを間違えるのは三之助と同じであり、思わず苦笑する。


「あ!田村先輩と三之助!」


左門の言った通りに向かいから三木ヱ門と三之助が歩いてくる。
同じように手を繋いでいるところを見ると三木ヱ門も同じことを考えていたのだろう。
ちょうど向こうも気がついたようで、先に三之助が声をあげた。


「左門と滝夜叉丸!」
「先輩をつけろ!」
「滝夜叉丸が左門を見つけたのか」
「あぁ。三木ヱ門も三之助を見つけたのだな」
「三之助の迷子も厄介だな」
「同じく」


ついつい迷子について言いたくなるのは仕方がない。


「そういえば左門お前静かだな」
「三之助も」


会った時に話してから口を閉ざしている二人を疑問に思い顔を見る。
その顔は二人とも不機嫌そうだ。


「どうした三之助。三木ヱ門に何かされたのか?」
「失礼な!お前こそ左門に何かした訳じゃないだろうな?」
「違いますよ田村先輩!」
「そうそう」
「じゃあどうしたんだ?」


その問いには答えず、それぞれ繋いでいた手を離す。
左門は三木ヱ門に、三之助は滝夜叉丸に迷わず向かう。
そして、その空いた手をそれぞれ取る。


「田村先輩は僕の先輩だぞ三之助!」
「左門こそ、滝夜叉丸は俺の先輩!」
「だから先輩をつけろと言っているだろう!」


反射のようにそう返してから滝夜叉丸は言われた内容に思わず固まる。
ちらりと三木ヱ門を見ると同じく固まっている。
その顔は少し赤い。
おそらく自分もそうなっているだろう。


「田村先輩?」
「滝夜叉丸?たーきーやーしゃーまーるーせーんーぱーい」
「どうしよう三之助!田村先輩が動かないぞ!」
「こっちもだ。しょうがない。引っ張るか」
「そうだな!」
「ってこの馬鹿!学園はそっちじゃない!」
「え?」


どこかへ行かないようにとしっかりと手を繋ぎ直す。
確かに左門とは手を繋ぐことはない。
それに委員会中はどうしても左門より下の学年を気にかけてしまう。
それは滝夜叉丸も同じだろう。


「あー……すまんな」
「はい?」
「うむ。すまん」
「何がっすか?」


自分が何を言ったのか気にしていないのか。
きょとんと首を傾げる二人に思わず吹き出す。


「よし、帰るか」
「学園はこっちだー!」
「左門、こっちだよ」
「「どっちも違う!!」」


しっかりと手を繋いだ二人と二人。
合計四人の影が仲良く並ぶ。


そして手を繋いだまま学園に入り、同学年と委員会の委員長にうっかり目撃されたのはまた別の話だ。

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