短編
□幸せの花びら
1ページ/1ページ
「あ」
暇だ、と縁側でぼんやりしていた勘右衛門の目に入ったのはぴょんぴょん飛び跳ねている後ろ姿。
学園の中で唯一の白い髪の毛の二年生だ。
青い装束に白い髪の毛とか、青空じゃん。
そんなことを考えながらぼんやりと目で追う。
最初はただ飛び跳ねているだけかと思っていたが良く見ると手を開いたり閉じたりしている。
何をしているのかという好奇心に負け、勘右衛門は静かに近づいていった。
「時友」
「あ、尾浜先輩!」
呼びかけるとくるりと振り返り、笑顔を見せる。
ここが他の二年生と違うんだよなぁ、は組だからかなぁ。
は組はどの学年も抜けてるからなぁ、なんて失礼なことを思いながら疑問を口にする。
「何やってたんだ?」
「えっと、桜の花びらを捕まえてたんです」
三枚捕まえると幸せになるって聞いたことがあるんだなぁ、
と続ける四郎兵衛の声を聞きながら空を見上げる。
確かに風に吹かれ桜の花びらが学園まで舞ってきている。
再びぴょんぴょんと飛び跳ね始めた四郎兵衛につられるように勘右衛門も手を伸ばした。
* * *
委員会を終え自室に戻った兵助は勘右衛門の髪の毛に目を留めた。
「勘右衛門、今日裏山にでも行った?」
「いや、行ってないけど」
首を傾げた勘右衛門の頭に手を伸ばす。
「これ」
兵助が開いた手には一枚の淡い桃色の花びら。
「桜だろう?学園には咲いてないから」
「あぁ。今日は風向きで桜が舞ってたんだよ」
ほら、兵助の髪の毛にも。
そう言って勘右衛門は兵助の髪の毛に手を伸ばした。
そして広げた手には二枚の花びら。
「本当だ」
「今日は他のみんなにも花びらくっついているかもね」
そう笑った勘右衛門は食堂に行こうか、と持っていた本を机の上に置く。
兵助にも見覚えのあるその本は二年生の時の教科書。
「二年生の教科書なんてだしてどうしたんだ?」
「んー、これ?」
その問いに勘右衛門はいたずらっぽく微笑んだ。
「ひ、み、つ」
お腹空いちゃったよ、食堂に早く行こうよ。
と急かす勘右衛門に兵助に浮かんだ疑問は口に出されることは無かった。
「あ、勘右衛門!兵助!」
「雷蔵、三郎」
「本当だ。雷蔵にも三郎にも桜ついてる」
「ね、だから言ったでしょ!」
食堂に向かう途中、合流した同級生の髪の毛には勘右衛門が言うとおり桜の花びらがくっついている。
兵助が思わず口に出すと自慢気に勘右衛門は胸を張る。
とって、とって、と言葉を交わしていると、もう一人の同級生が近づいてきた。
「よう!お前らこれから飯?」
その言葉に四人は振り向き一斉に吹き出した。
決して艶があるとは言えない髪の毛にたくさんの花びらがくっついていたのだ。
「え、どうしたんだ?」
「いや、八左ヱ門はそのままでいいな」
「今日の夕飯は花見しながらだな」
八左ヱ門だけ理由が分かっていないまま五人で食堂に向かう。
「おぉ……」
そして食堂に足を踏み入れた途端、思わず声が出る。
そこにはたくさんの生徒。
そしてほとんどの生徒の髪の毛に桜の花びらがくっついているのだ。
「今日は花見し放題だな」
「あ、まさか俺の髪の毛にもついてる?」
「そうだよ」
「見た感じ七松先輩と同じくらいじゃないか?」
「げ、そんなに!?」
再び四人は吹き出す。
小平太の髪の毛にもたくさんの花びらがついているのだ。
「あら、竹谷くんにもたくさん花びらついてるわね。もう今日で桜も見納めくらいかしらねぇ」
食堂のおばちゃんの言葉にそれぞれ返事をして、五人は席に着く。
挨拶をして料理を口に運ぶ。
ふと、三郎が目線を移すと時友の姿が目に留まる。
「おい、八左ヱ門。そこにもお前と同じくらい花びらがついてる奴がいるぞ」
その言葉に残りの四人は目線を移す。
「時友かぁ」
「本当だ。なんだか天気のいい日の桜みたいだね」
「あぁ、確かに」
四郎兵衛の姿に勘右衛門は笑みを深くする。
「勘右衛門、なににやついてるんだ?」
「べっつにー」
「変なやつ」
何を言ってもにこにこと笑顔を崩さない勘右衛門に首を傾げつつ残りの四人も食事を再開した。
それから数週間後。
三枚の桜の花びらがついている栞が勘右衛門の手元で発見されることとなる。