短編

□紅い目の子
2ページ/2ページ


「……と、この時に初めて言われたんだ」
「……ほお、それで田村先輩は潮江先輩に真っ先に懐いたと」


隣から聞こえてきた声に三木ヱ門はぎょっとする。


「さ、左門!?お前寝てたんじゃなかったのか!?」
「先輩の声で起きました!」
「神崎せんぱい、懐いてたって……?」
「それはぼくが一年生の頃だ!
初めて会計委員会室に来た時に田村先輩は潮江先輩の後ろに隠れていた!」
「わー!!左門!」
「えー、本当のことですよ!」
「うるさい!」
「えっと、田村先輩、続きは無いんですか?」


左門と三木ヱ門が喧嘩しそうになったのを止めるために慌てて左吉が口を開く。


「続き?まぁ、無いことは無いが。
その後……」


その日から少し後のこと。
下を向かないようになった三木ヱ門が会計委員会室に向かう途中、萌黄の制服を着た三人に会った。
そこに文次郎がいないことを確認して三木ヱ門は軽く会釈をして通り過ぎようとした。
その時、その誰かが口を開いた。


「お、妖怪じゃないか」
「本当だ。実物は不気味だな!」


明らかに自分に向けられる言葉に下を向きそうになるも文次郎の言葉を思い出し拳を固く握る。
そのまま通り過ぎようとした三木ヱ門の足を止めたのはその後の言葉だった。


「おいおい無視かよ」
「しかたねぇよ。だってあの妖怪の後輩だろ?」
「会計委員会も大変だな。二人も妖怪がいて」


誰を言っているのかはすぐわかった。
それは自分に勇気をくれた先輩で。
思わず三木ヱ門は声を荒げた。


「今の言葉取り消して下さい」
「はぁ?」
「潮江せんぱいは妖怪じゃありません!」
「っ、」
「うるさい!妖怪!」


その声がなかなか委員会に来ない三木ヱ門を探していた文次郎の耳に入った。


「潮江せんぱいは優しいせんぱいです!」


自分の名前が聞こえて文次郎は足を止める。
その声の持ち主は最近できた新しい後輩。
どたんと何かにぶつかる音がした。
文次郎は慌てて体の向きを変える。
文次郎の目に入ったのは同じ学年の三人と壁に頭をぶつけられても泣かず相手を睨んでいる三木ヱ門だった。


「取り消して下さい!」
「うるせぇんだよ!」
「おい!」
「なんだ?あ……」
「潮江せんぱい!」
「俺の後輩に何してるんだ?」
「いや、」


突然の本人の登場にしどろもどろになる三人。
ため息をつき、文次郎は拳を固く握った。


「田村に手を出した分だ」


三人の腹に容赦無く拳をつきだす。
そして自分を見上げてくる三木ヱ門に手を出す。


「大丈夫か!?」
「はい!大丈夫です!」


やっぱり、文次郎は妖怪なんかじゃない。
優しい先輩だ、と三木ヱ門は笑顔をうかべた。


「……ってことはあったな。でもそこからからかわれることはなくなった気がするが。
で、その日の夜、食堂で滝夜叉丸と喜八郎に話しかけられた」


「おい、お前」
「……私?」
「そうだ」


えっと、誰だっけ。確か隣のクラスの、


「平滝夜叉丸だ」


優秀だと噂の滝夜叉丸は三木ヱ門も知っていた。
その人物に話しかけられたことに驚きつつも自分の名を名乗る。


「……田村三木ヱ門」
「こっちは綾部喜八郎だ」


ぽけーっとしていたかと思うと喜八郎は大きな目でじっと見つめる。
思わず三木ヱ門は身じろぐ。


「ねぇねぇ、三木ヱ門」
「な、なんだ?」
「三木ヱ門の目って飴玉みたいで美味しそうだねぇ」
「……は?」


突拍子もないことを言われ口から言葉が飛び出す。
どういうことかと滝夜叉丸に目線で訴えたが、それは意味がなかった。


「確かに紅い目に明るい髪……美しい!が、私にはかなわないだろう!」
「…………」
「何をしても一番の私にはまだまだだ!」
「……せんぱいは綺麗って言ってくれたもん」
「な、何だと!?」
「お前こそ私のこの髪色と比べたら劣っている!」
「このい組の私に何を……!」
「い組は関係無い!」


「……と、ここから滝夜叉丸が突っかかって来た」
「なんと言うか……」
「その頃から滝夜叉丸せんぱいは滝夜叉丸せんぱいですね」


四年生の団結力の無さは一年生の頃からか、と思わず呆れる三人。


「そういえば潮江先輩遅いですね」


左門の言葉に団蔵が頷く。


「そうですね!」
「待たせたな」
「「「「うわっ!?」」」」
「なんだ田村まで」
「い、いえなんでも!」


不思議そうに言う文次郎にさっきまでの話が聞かれてないかと思わず慌てる。


「安藤先生に確認してもらった。帳簿は大丈夫だ。
今日は各自部屋に戻って休め」
「「「「はい!」」」」
「お疲れ様でしたー!」
「お先に失礼します」
「左吉帰ろうぜ!」
「ちょっと待てって」
「ぼくも失礼します!」
「まて左吉!勝手に行くな!
潮江先輩、お先に失礼します!お疲れ様でした!」


慌ただしく帰っていく後輩を見送り、文次郎は息を吐いた。


「そういえばそんなこともあったな……」


文次郎の耳には先程の三木ヱ門の話が届いていた。
だから戻ってきてもなかなか顔が出せなかったのだ。


「立派に成長したもんだ」


一年の頃の三木ヱ門を思い出し笑みが零れる。


「さて、俺も久しぶりに自分の部屋で寝るか」


そう呟き、大きな欠伸を一つして文次郎も会計委員会室を後にした。
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ