短編

□一時間忍たままとめ 壱
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この学園にはサイドワンダーと呼ばれる人物が存在する。
その名は小松田秀作。
へっぽこ事務員である。
いつも失敗ばかりの彼だが、忍術学園に侵入する者を発見する力は凄い。
忍術学園の平和は彼によって守られているといっても過言では無いのではないか。
そして、その彼は侵入する者だけで無く、学園から出かける者、学園に帰ってくる者にも容赦することは無い。



「出門表にサインくださーい」
「うぉ、小松田さん!」
「真っ暗なのに出かけるんだねぇ」
「えぇ。すみません。小松田さんを起こしてしまいましたよね」


その言葉に寝巻き姿の彼は欠伸を噛み殺し微笑んだ。


「これが僕の仕事だからねぇ」
「小松田さん、サイン終わりました」
「はい。確認しました。
じゃあいってらっしゃい。気をつけてね」
「「行ってきます」」


ぺこりと頭を下げた群青の衣を纏った二人の姿が闇に溶け込むまで小松田はその場から動くことは無かった。


「小松田さーん!」
「出門表にサインしていいですか?」
「うん。いいよ。
何処かにお出かけかい?」


いつもは水色の衣を纏っている彼らだが、今日は私服を纏っている。
忍者の卵ではなく町の子供のようだ。


「そうなんでーす!新しくできたおうどん屋さんに行ってくるんです」
「おうどん屋さんかぁ。いいなぁ」
「はい、小松田さん。書き終わりましたよ」
「うん。いってらっしゃーい」
「「「行ってきまーす!」」」


手を大きく振りながら楽しそうに学園を後にする小さい三人組を見送る。


次に来たのは深緑、紫、萌黄、青、水色の衣をそれぞれ纏った五人組。


「今日も裏裏山まで行くの?」
「もちろんです!」
「そ、そんなぁ」
「頑張るんだなぁ……」
「こら!何処に行こうとする!」
「え?こっちじゃないんすか?」
「はい、小松田さん」
「よし、大丈夫だよ。みんな気をつけてね!
いってらっしゃい!」
「「「「「行ってきます!」」」」」
「よーし、いっけいけどんどーん!」
「「「「どんどーん!」」」」


いつも通りに、いってらっしゃい、と声をかける。
そして姿が見えなくなるまで見送る。


いってらっしゃいと姿が見えなくなるまで見送ること。
それは小松田がこの学園の事務員として働くようになってから一度たりとも欠かすことが無かった。


それからもう一つ。


「「「小松田さんただいまー!」」」
「おかえり!おうどん美味しかった?」
「そりゃもちろん!」
「今度僕にも教えてね」
「いいっすよ!」
「はい、小松田さん入門表」
「はい。三人共おかえりなさい」


この学園に帰ってくる者を笑顔で迎えること。


「つ、疲れた……」
「お疲れ様……。大丈夫?」
「大丈夫に見えますか?」
「うーん、見えない、かな?」
「その通りです……」
「情けないぞ!これくらいで!
はい、小松田さん入門表書き終わりました!」
「はい。みなさんおかえりなさい」
「「「「「ただいま帰りました!」」」」」


小松田の声に笑顔を見せ五人はへろへろになりながらも風呂の方へ向かっていった。
そんな彼らを心配そうに見ていた彼だったが、ふと感じた気配に門の外を見る。
そこにいたのは朝早く見送った二人だった。


「つっかれた……」
「はい、入門表」
「ありがとうございます」
「お疲れ様」
「本当ですよ……」
「小松田さんサイン終わりました」
「はい。二人共おかえりなさい」
「「ただいま帰りました」」


疲れきった表情だった彼らの顔にも笑みが浮かぶ。


もう、空は太陽が沈む頃。


そこから誰も帰ってくることもなく、小松田はその日の仕事を終えた。


風呂にも入り、下級生が夢の中にいる頃。
日課のようになっている夜の見回りをする。
と、彼はある気配を感じ、慌てて入門表を手にし駆け出した。


「あぁ、小松田さん」
「お疲れ様。はい、入門表にサインお願いします」


出迎えたそこには深緑の衣を纏った三人。
その制服は泥などで汚れている。
彼らは三日前に学園を出発した者たちだった。
そして、帰ってくる予定日は昨日。
予定通りにいかないことは忍びの道にとってあり得ないことではない。
勿論、小松田もわかっている。
しかし、そうは言ってもこの学園で一番生徒の出入りに関わっている小松田はその度に肝を冷やす。


もう二度と会えないのではないか。


しかし、今回もまたその心配は打ち消された。
そのことに安堵する。


「小松田さん」
「あ、サイン終わった?」
「「「ただいま帰りました!」」」
「…………」


疲れていても笑顔でそう告げてくる彼らに小松田は満面の笑みを浮かべる。


「おかえりなさい!」




いってらっしゃい、と、行ってきます。
おかえり、と、ただいま。


これらの言葉は行く者が無事に生きて帰ってくること、待っててくれる者がいること。
二つがないと決して紡がれることのない言葉。
それらがあることに救われている者は多いだろう。
それを知ってか、知らずか。
今日も小松田は笑顔でその言葉を紡ぐのだった。
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