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□真冬の夜の夢
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定時に部屋を出て、シャワーを浴びればようやく不快感から解放される。
髪や体にこびりついた相手の匂いを洗い流し、自分をリセットできる。
シャワーを止め、タオルを肩にかけて仁王はシャワールームを出た。
深夜をまわったこの時間、もう同僚達の姿は無い。
仁王はこの店の一番の売れっ子だった。
しなやかな肢体に、一見女のような中性的な面差し。
そしてどことなく妖艶な雰囲気を纏う仁王は町中ではよく女からも男からも誘われる。
しかし仁王はそれを煩わしいとしか思わなかった。
いくら他の人間に愛を囁かれても高価な贈り物をされても、仁王の心は決して揺るがない。
まったくといってもいいほど仁王は人間に興味を示さなかった。
客に対してでも媚びることは決してしない。
だが人は仁王のその態度にすらまた惹かれてゆく。
人を寄せ付けぬ孤高の雰囲気は確かに仁王には似合っていた。

「にーお」

背後からの呼び掛けに仁王は怠そうに振り返った。
声を掛けた張本人の丸井は仁王のその一動のみでも感じた艶やかさに内心舌を巻いた。
丸井はこの店の住み込みの料理人である。
彼は店に出す料理と、やはりこちらも住み込みの店の従業員達の朝昼夜の食事を作っていた。
丸井の料理は種類が豊富且つ美味であるため、普段食に無頓着な仁王ですらこれを好んで食べる。

「何じゃ、まだ起きてたんか」
「仕込みとかやってたらこんな時間になっちまったぜぃ」

大仰に肩を竦めながら丸井はふざけたように言うが、仕込みが如何に大変かは何年も彼の食事を口にしてきた仁王にはわかっていた。
数年前までは仕込み、料理をすべて丸井一人でやっていたものだが、その忙しさを見兼ねたオーナーがバイトを雇ってやったのだ。
それでも丸井が仕事を終えるのはやはり深夜に近い。

「ご苦労さんじゃね。大変やな、料理人てのも」
「ばーか、お前が言えたことかよ。超顔色悪いぜ。大丈夫なのかよ」
「阿呆、この顔色はもとからじゃ」

ふぅん、と首を傾げて、丸井は持っていたものを仁王に示した。
丁寧にラップが巻かれた器からはつんとした特有の匂いが漂ってくる。

「これ、麺と汁別れてるからお好みで食ってな」
「夕飯か……すっかり忘れちょった。すまんの」
「気にすんなって。これ、ジャッカルの特製だし使ってあるから旨いぜ」

んじゃお休み、とひらりと手を振って、丸井は去っていった。
彼の後ろ姿を見送ってから、仁王は手早く着替えを済ませ食事に
取り掛かった。
ラップを剥がすと、器の中にはまだ暖かい汁と茹でたてと思われる蕎麦、そして海老と野菜のかき揚げが入っていた。
麺とかき揚げを汁に放り込み、軽く解してから食すと仁王の好きな風味がつんと鼻を打った。
汁のしつこさを取り去るために、丸井は蕎麦にはいつも七味唐辛子を一振りする。
さっぱり嗜好の仁王にはそれが有り難かったし、七味はジャッカルのつくる麺汁と引き立てあって何とも言えない味わいを作り上げる。
それに、普段の仁王の不摂生を知っている丸井とジャッカルは出来るだけ栄養のあるものを隠し味として仕込むので、必要最低限の栄養素は摂取できているはずだ。
あっと言う間に蕎麦を平らげた仁王は器を片付けると、時計を見た。
1時半。
明日の仕事は10時から。
まだ寝るには早い気がして、仁王は上着を掴んだ。
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