哀悼のマリオネット

□貴方を占める言葉が欲しい
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私は取り乱した気持ちを抑えるため、深く深く深呼吸をした。
そして団体戦の決勝戦が始まった。

部長、副部長、私の三人での最初で最後の全国大会が始まった。
私は的だけを見据えた。もう一切周りの声など聞こえない。


歴史と伝統のある弓道競技には、「近的競技」と「遠的競技」の2つの競技がある。
私達は「遠的競技」の方だ。
直径1m、黄、赤、青、黒、白の5色にぬりわけた、60m先の色的をねらって弓を射る。的の中心に近いほど高い得点が与えられる「得点制」の競技。
一選手が矢を四本射り、その得点合計数を競い合う。
私はただ全て真ん中に中てればいいだけだ。


一番最初は私だ。
両足で床面を踏みしめ、渾身の力を込めて弦を引く。
皆が息を飲む。張りつめた空気を裂くように、ぱぁーんと的を射た音が会場の静寂を打ち破った。矢は吸い込まれるように ど真ん中を射た。
湧き上がる歓声と湧き起こる拍手。誰もが美鶴の、その姿かたちが美しいと思った。

二本、三本と一切ブレることなく真ん中を射ぬく。
最後の一本。これを真ん中に中てればかなり有利になる。
目を閉じ深呼吸をする。
一切歓声など聞こえなった美鶴の耳に「美鶴頑張れ!」と聞こえハッと目を見開いた。ジュン兄の声だけが私の耳へと入ってきた。


ナ「あれだけ集中してると声援聞こえなさそうだよん」

「あらら。美鶴ったら動揺しちゃってるわ」

「はあ?」とジュン以外の皆が声を揃えた。
パッと見る限りでは先程と何ら変わりない美鶴の姿。
ジュンに至っては満面の笑みである。


「もう!ジュンたら美鶴がかわいいからって意地悪しないでよ」

泰「ごめんごめん」

美玖と泰楽が笑い合っている。
なんのことだか分からない一行は美玖に尋ねると「まあ見ててよ」と笑っているだけだった。

美鶴の四本目の矢が的を射ぬく。
先程までど三本とも ど真ん中だったのだか、四本目は少し中心から外れた。
外れたと言っても数ミリ単位である。高得点なことに変わりはない。
美鶴は良かったと一息着くと部長の所へ戻る。
その時 姉の方をキッと睨んだ。


拓「どこが動揺してんだよ?」

ナ「何にも変わりなかったよん。」

「ジュンが応援したら真ん中から少しズレたでしょ?」

山「ズレたと言っても数ミリだろう?」

「美鶴は心が乱されない限り数ミリの狂いなく中てるわ!
 何に対しても美鶴は昔からジュンにだけ動揺するのよ。乙女よね!」

拓「いやいや!どこをどう見たら動揺してたの! てか、それでも真ん中を中てる美鶴ってどんだけ!?」


泰楽は自分の事で動揺して顔を真っ赤にする(美玖と泰楽しか分からない)美鶴が可愛くて つい意地悪をしてしまうらしい。

そのあと 凄く不機嫌になる美鶴を宥めるのは姉の仕事。
そんな美鶴が可愛くて仕方ないのだそうだ。


「美鶴はあんまり表情が変わらないから 逆に動揺したり照れたりしたら分かりやすいのよ。」


長年一緒にいても、いつも無表情、たまに不機嫌なところしか見たことない皆は美玖の言葉が不思議でならなかった。
それよりも、さすがは姉だと感心した瞬間でもあった。

遠足気分な皆に無駄に盛大な応援で邪魔されながらも、無事 全国大会優勝を果たした。
その後 嫌々ながらも皆とジュン兄が作ったお弁当を食べていた。
山近さんにセクハラ紛いなことをされ三発くらい殴ったり、トシさんにおかず取られたり、ひなさんに写真取られまくったりと、賑やかな食事となった。


***


帰り際にジュン兄に「おめでとう」と頭を撫でられた。
恥ずかしくなって下を向くと、ジュン兄が耳元でそっと呟いた…


泰「お祝いに今度美鶴の行きたいところに行こうか。
 みんなには内緒ね?」


私は小さく「うん」と頷いて見せると ジュン兄はすごく嬉しそうな顔をしていた。
どうしよう。すごく嬉しいと行き場のない思いを隠しきれずにいると、姉だけ分かったのか にっこりと微笑み返してきた。



どうしようもなく好きなんだ。
どんどん好きが大きくなっていくのが手に取るようにわかる。

叶う事がないと分かっているのに、どこかで期待してる自分も確かにいる。

付き合いたいとか そんなのではなく、ずっと私の横にいて欲しい。


"彼氏という立場でなくていい。ずっと、ずっと私の傍にいてくれたら…"


そんな子供じみた独占力で 彼を縛りつけたい。



だから私はずっと子供のままでいい。







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