短編集
□慎太郎の受難
1ページ/3ページ
<龍馬SIDE>
その日
ワシは部屋で文を書いとったんじゃが
ちくと喉が渇いて、お茶でも入れようかと
炊事場に向かう途中じゃった。
「こんにちは」
玄関先でかずの声がしたような気がして
そっと玄関口を覗いて見ると
そこにはお登勢さんと話すかずの姿があった。
「かず」
ワシが、片手をあげて呼び掛けると
ワシを見つけたかずは嬉しそうに笑いながら駆け寄って来た。
その笑顔にワシの顔も緩んでしまう。
「龍馬さん、こんにちは」
「かず。今日はどうしたんじゃ?ひとりか?」
「半次郎さんに送ってもらいました」
「ほうか。で?」
「えっと、慎ちゃんに用事があって。慎ちゃんはいますか?」
「中岡なら先ほど戻って来て、今は部屋におると思うがのう。
なんじゃ、大久保さんのお使いか?」
「いえ、ちょっと個人的な用事で・・・」
「個人的とは?」
「いえ。じゃあ、ちょっとおじゃまします」
かずは言葉を濁すと、早々に中岡の部屋へ向かってしもうた。
なんじゃ、ちくと気になるのお・・・。
**********
ワシは自分の部屋に戻ると文の続きを書き始めた。
しかし・・・。
さっきのかずの態度が気にかかる。
なんだかそわそわして落ち着きがなかったようじゃった。
中岡に個人的な用事と言うとったし。
「あああ・・・」
集中出来ずに書いた文はいつも同じ所で書き損じてしまう。
がしがしと頭を掻いて気合いを入れ直そうとするが
どうも上手くいかん。
「そうじゃ」
さっき茶を入れようとして
炊事場に向かっていたことを思い出した。
ついでに、かずと中岡にも茶を入れてやるぜよ。
決して、かずが気になって覗きに行くとか
そういうんではないきに。
ワシは自分にそう言い訳して
炊事場で三人分の茶を入れると
そっと中岡の部屋へ足を向けた。