短編集

□夏が終わる前に
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『 夏が終わる前に』

京都の夏は暑い。

そんなの知ってる。

だって生まれも育ちも京都だもん。

平成の時代は地球温暖化なんて言われていて

年々気温は上昇している。

それに比べると150年前のここ幕末は

まだまだましな暑さなんだろうけど

こんな風に着物を着込んで

エアコンも扇風機もないんじゃあ

暑くて暑くてたまりません。

あまりの暑さに、この間まりやと二人で

未来から来たときに持っていた荷物の中から

ビキニやらショートパンツやらを引っ張り出して身につけて

井戸の周りで水浴びをしていたら

会合から戻って来た大久保さんに見つかって

こっぴどく叱られたんだよね。

(相互サイト『いつか何処かで』の「薄絹の天女」参照)

この時代ではほんの少し着物の裾を捲りあげただけで

はしたないって言われちゃうから・・・。

そんなわけで

今日はまりやと二人

縁側によしずで日陰を作って

桶に張った水に足を浸して涼をとっています。

着物の裾は濡れないように捲りあげているけど

膝は出していないし、膝下だって手拭いで隠してるし文句ないよね。

「まりや、暑いね」

「そうだね」

「なんか冷たい物が食べたいよう」

「すいか、とか?」

「そんなんじゃなくて、アイスクリームとか」

「いいね。じゃあ、私はかき氷が食べたい」

「プリンは?」

「えー、やっぱりコーヒーゼリーだよ」

そんな風に

懐かしい未来の食べ物の話で盛り上がっていると

不意に背後から声が掛けられた。

「お前達、随分と涼しそうな遊びをしてるのだな」

「えっ、あ、大久保さん」

声の方へ振り返るとそこには

懐手で不機嫌そうに立っている大久保さんがいた。

私が慌てて足を水から上げて着物の裾を整えると

まりやも私に倣って足を隠し

私の背中に隠れるようにして俯いた。

「大久保さん、こんな時間にどうしたんですか?」

大久保さんが昼間っから

奥に帰ってくるなんてめったにない。

何かあったのかな?

水遊びを窘められる前に

話を逸らそうと大久保さんに問いかけると

「予定していた会合がひとつ延期になった。

予約した料亭を無駄にするのも、と思って

お前たちを誘いに来たのだが・・・」

そう言った後

ちらりと庭先と私たちの足元を見て

「その遊びの方が良ければ断ってもよいぞ」

にやりと笑う大久保さん。

料亭で食事・・・。

めったにない外出に御馳走。

私は行きたいけど・・・。

私は、まりやの方に向かって

「どうする?」

と、問いかけた。

まりやは私の袖を掴んで

「私はいいよ、二人だけで楽しんできたら?」

と、私にだけ聞こえるように小さな声でそう言った。

「ええっ、やだよ、大久保さんと二人っきりなんて・・・」

・・・緊張するじゃん。

「でも、私、おじゃま虫みたいで・・・」

「そんなことないって」

「でも・・・」

小さな声で、そんなやり取りをしていると

大久保さんが

「どうするのだ、時間が惜しい」

返事を急かせて来るので、私は

「半次郎さんも一緒でいいですか?」

半次郎さんが一緒なら

まりやだって、遠慮することなく来られるだろうと考えて

半次郎さんと四人で行きたいと言ってみた。

「半次郎か」

大久保さんは、初め眉間に皺を寄せて

不機嫌そうな顔をしたけど

一瞬の間があってから

「お前達がそれでよいなら」

そう言ってくれた。

「まりやも、半次郎さんが来るなら、いいでしょ」

戸惑っていたまりやも

「・・・半次郎さんが一緒なら」

そう言って納得してくれて

急遽、四人での食事会が決まった。

「そうと決まれば、さっさと支度をして来い。

すぐに出かけるぞ」

大久保さんの言葉に

私とまりやは、急いで縁側のよしずと桶を片づけて

ばたばたと、出かける準備をした。

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