戦勇。長

□01
1ページ/1ページ

 大事な日に限って遅刻をしてしまうのはよくあることだ。それは仕方ない。彼女が責められるべきは、もう間に合わないと判断した途端に急ぐのをやめてしまったことだ。
 彼女は王宮戦士のルイス・クレセント。数年前に兵に志願し、圧倒的な強さで瞬く間に城内での地位を獲得した。彼女はとても身軽で、軽業師でもやっていたのではないかと噂されている。
 そんなルイスが今回就くはずだった任務は、勇者に伴って旅をすることだった。
 次々に起こる世界の異変を、一○○○年前に封印された魔王ルキメデスの復活だと考えた王は、魔王を封印した伝説の勇者クレアシオンの子孫だと思われる者を召集し、新しい勇者として旅立たせたのだ。しかし、突然勇者になってもモンスターに太刀打ちできない者が大半であったため、その旅には王宮戦士をひとりずつ同行させた。
 勇者が七十五人もいるのでは統率も取りづらく、誰が誰を担当するという決まりは作られなかった。ゆえに、一人遅刻した今、気が弱く自己主張の下手な勇者候補が広間で独り待っているのだろう。可哀相に。
 ルイスがようやく広間に着いたが、そこには誰もいなかった。痺れを切らして一人で出発したのか、と閑散とした廊下を進んで行くと、王宮戦士の鎧を身につけた青年が見えてくる。
「おーい、ねぇ、そこのきみ!」
 ルイスが声をかける。青年が振り返り、その陰になっていた少年が見えた。遠目からでもわかる、胸に輝く勇者証。
「よかった、勇者さんまだいたんですねー」
「え?」
 少年は二人の戦士を交互に見る。当然だろう、自分に付く戦士は本来一人であるはずなのだから。二人の近くに来たルイスは、さりげなく勇者証に視線を遣り勇者ナンバーを確認した。
「あんた、この人の担当戦士なのか?」
「そうそう、この人」
「でもボクの担当は……」
「きみ、四十五番でしょ?」
「えっ、うん」
「ならぼくの担当のはずですよ」
「え……」
 人の良さそうな少年をうまく言いくるめようとするルイス。このまま二人が旅立ってしまうと、立場上困るのだ。
「執務室のミスか?」
「えーダブルブッキングー?」
 青年の言葉にピクリと反応したルイスは、これでもかというほど眉根を寄せた。いかにも面倒だと言いたげだ。
「困るよ、ぼくだってこれが仕事なわけだしさぁ」
「オレだってそうだ」
 互いに引き下がらない二人の戦士を見て、勇者の少年はあまりにも単純で、当然の提案をした。
「なら、三人で行けばいいんじゃない?」



 城下の街で三人は武具や食糧の調達をした。支給される金では三人分には少し足りない。これは自分の責任なのだから、あとでちょっくら稼いでくるよとルイスは笑って言った。
「やー助かりましたよ勇者さん! 旅は二人っていう謎の固定観念がありましたから」
「なんでだよ……」
「頭にカニミソ詰まってるんじゃないか」
「はっはーカニミソほど美味しくねぇけど食うか?」
「いらねぇよ」
「えっと……戦士」
「はい」
「どっち?」
 二人の戦士が喧嘩腰になってきたので、勇者が止めたのだが、戦士と呼び掛けるとどちらも反応してしまう。しかし生憎と、彼はルイスの名前を知らない。まだ名乗っていないのだ。
「あのさ、名前聞いてないんだけど」
「名乗ってないですからね」
「うん、だから名乗ってよ」
「ひとに名前を訊くときは自分から名乗るべきですよ。常識でしょう」
「明らかに常識なさそうなひとに常識説かれた……。ボクはアルバだよ」
「へぇ、可愛らしいお名前で」
「なんで?」
「ぼくはルイスです。戦士が二人いちゃ面倒ですし、ぼくは名前で呼んでください」
「わかった」
 ようやく名乗ったルイスだが、そこに至るまでにアルバを揶揄いすぎてアルバは疲れてしまった。精神的な疲労は身体にも影響を及ぼし、深い溜め息が出る。そんなアルバを横目に見つつ、ルイスはもう一人の戦士を見上げた。
「うわ、こうして見るとでかいな、きみ」
「お前が小さいんだろ」
「ダウト。それよりきみも名乗りなよ」
「ロス。認めろよ自分の存在の小ささを」
「存在は小さいけど、身長はそこまで小さくない」
「チビ」
「ふざけんな!」
 せっかくアルバが話題を提供して喧嘩になる前に止めたというのに、結局二人は喧嘩を始めてしまった。それもお互いの大剣を抜いて。これではもはや喧嘩の程度では済まないだろう。街のはずれに来ていたのは、不幸中の幸いというやつか。
「ちょっと、二人とも! げふっ」
 三度ほど大剣同士が火花を散らした直後、アルバが間に入って二人の攻撃を受け止めた。いてて、と起き上がるアルバに、二人は驚いて動けなかった。
「うそ……ぼく結構本気だったのに」
「まだ動けるなんて……いじりがいがありそうですね」
「なんでだよ!」
 大剣を収めながらルイスはロスに近づき、右手を差し出す。ロスも大剣を収めた。
「悪かったよ、短気の自覚はある。ホラ仲直りの握手でもしようぜ」
「ああ。……っ!」
 ロスがルイスの手を握り、握手のかたちを取った瞬間、ルイスは蹴りを繰り出した。軌道は明らかに股間を狙っている。ロスは声にならない悲鳴を上げて避けた。そうしなければクリティカルヒットだった。
「な、なん……!」
「きみさぁ、ぼくが割と本気なのに、手を抜いてたろ? ぼく、そういうの嫌いなんだ。失礼だろ」
「だからってお前、どこ狙ってんだ!」
 自分らしくない、とロスは思ったが、これは怒らずにはいられない。これなら人体の生命的急所を狙われた方がまだマシだとすら思う。アルバもそれには同意なようで、自分が狙われたわけでもないのに顔を青くしていた。ルイスだけが先ほどと同じ態度で、雰囲気で、鼻で笑いすらしてみせた。
「言わせたいの? 羞恥プレイ?」
「違ぇよ! お前にはわかんないだろうけどな、男には何より恐ろしい攻撃だぞ今の……!」
「へぇ、そう。じゃあこれからも使えるね」
「使うな!」
「……え、待って待って。ルイスにはわかんないって、なんで?」
 ロスは頭を抱えてしまいそうになったが、アルバの質問により留まった。アルバは純粋にわからなそうにしている。
「なんでって、むしろなんで?」
「勇者さん、まさかルイスを男だと思ってました?」
「うん……。え、違うの?」
「違うよ。なんなら見る? 脱ごうか?」
「脱ぐなよ!」
 服をまくり始めたルイスの手を、アルバが無理矢理下げる。いま、確実にルイスは本気だった。こいつの相手疲れる……とアルバは愚痴をこぼす。ロスが呆れたように改めて言った。
「ルイスは男性名ですが、こいつは女ですよ」
「あ、そうか。名前で男だと思ったのか」
「うん、ごめん」
「まぁ胸ないし、仕方ないですよね」
「勇者さんは許しますけどロスは許さん。デリカシーねぇな」
「服を脱ごうとする奴にデリカシーとか言われたくない」
「んだとコラ」
「あ、あと一人称!」
 再び喧嘩に発展しそうな二人を止めるべく、必要以上に声を上げてアルバは言った。ルイスがそれをおうむ返しに問う。アルバは溜め息を抑えて、説明した。
「一人称がボクと同じだろ? だから男だと思ったのかも」
 何気なく出されたそれに、ルイスはひどく動揺した。できるならば気づかないでほしかった。アルバに悪気はない。すべては自分の問題だから。ルイスは動揺を隠すように、意識して声のトーンを保った。
「……これは、ある人の真似です」
「真似?」
「ぼくが……してしまった人の」
 隠しきれなかった動揺が言わせた言葉。隠そう、隠そうとするばかりに、言わなくていいことを言ってしまった。声のトーンまで下がっている。ルイスは取り繕うようにニヤリと笑って、アルバを見た。
「勇者さんこそ、女の子に間違われたりしないんですか」
「え、なんでボクが」
「だってアルバって、男にも女にも付ける名前じゃないですか」
「いや、だからって間違われたりしないよ!」
「どうでしょう。男顔の女の子だっているし、ボクっ娘も増えた時代……勇者さん童顔ですし」
「童顔は関係ないだろ!」
 アルバは当然、ルイスが何か隠したことに気づいていた。気づいていて、気にしないことにしたのだ。聞こえなかったあの言葉も、ルイスが隠そうとしたことも、知られたくないならボクは知らなくていい。アルバはそういう人間だった。そして、気づいたことに気づかせない優しさも持っていた。
 ルイスに弄る対象を取られて面白くないのはロスだ。楽しそうに笑うルイスを睨みながら、二人の後ろをついていく。しかし、後ろ姿を見ていると、あの言葉が気になってしまった。アルバが聞き取れなかったあの言葉は、ロスには聞こえてしまった。
「殺してしまった人……か」
 小さい声で復唱し、いつか明らかにしてやろうと思いながら、ロスは二人を追うのだった。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ