Labyrinth to Rain (長編)

□愛は光、想いは雨
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「おまたせー!」





彼女がピアノを弾き終えて



およそ二時間





『…』





コンクールの結果とか内容とか

ファンらしき人たちへの対応とか



きっと色んな出来事を消化しているだろう彼女を

静まり返ったホールの片隅で

ベンチに座って待ち伏せていた一人称



というか

ちょっと話したいって連絡が来たから待ってたんだけど





「ごめん、遅くなっちゃった!」

『いや…』





衣装そのままで

駆け寄ってきた彼女は



やっぱり明るくて、眩しくて





「で、どうだった?」





一人称が座る横長なベンチに

人ひとり分くらいの間隔しか空けず

きらきらを保ったまま腰を下ろすと





『どうって…』

「ピアノ!どうだった?」

『あぁ……うん』





演奏で高まった感情が未だに尾を引いているのか

輝く瞳で興味津々にこっちを覗きこむから





『す…すごかったよ、うん』





思わず面食らって

淀んだ言葉に本音が隠れそうになったんだけど





「んーもうちょっとなんかこう……具体的に教えてほしいなぁ…(笑)」





彼女がフランクに

きっと無意識に

笑顔でそれを引き出そうとするから





『そう…だね』





















『…素敵だったよ、本当に』





演奏だけじゃなくて



ステージにいた君も



なんてキザなことはさすがに言えないけど

今振り返ってみてもあの数分は



すごく特別で

もう帰ってこなくて



とにかく

すごかったから





「そっか…素敵か//」

『…うん(笑)』





結局

最初に口にした感想に舞い戻ってしまう心に

苦笑いが溢れたけど





「まぁ、そう思ってくれただけでも良しとしますか!」





そんなことは気にも止めず

一人称から視線を外して

微笑む君の横顔に





『…//』





迫力なのかな

前から存在感はあったけど



今までに見てきた彼女とは

少し何かが違うような…





そんな上手く言い表せない気持ちに

戸惑ったままでいると





「けどごめんね、なぁちゃん…怒らないかな?」





毎度の浮き沈み案件

いつの間にか明るかったはずの表情が

影を落としつつ謎の謝罪まで届いて





『えっと…なんで七瀬ちゃんが怒るの?』

「だって……付き合ってるんでしょ?」

『…』









あぁ



そういえば



そういうことになってたっけ…?





『あの……ごめん、あれ嘘なんだ』

「…へっ?」

『なんか…あの時は色々…大変だったからさ』





















「…」

『…』










やばい

沈黙に酸素が奪われる










「えっ……それホントに言ってる?」

『…うん』





















どうしよう

この空気








「……アンタねぇ、」

『…はい』










多分

怒られる










「私が…私がどんだけ悩んでたと思ってんのー!?」

『だ…だからごめんって言ってるじゃんか…』





案の定

訪れた予想通りの展開



悩んでたって部分に多少疑問は残りつつも

今はとりあえず謝るしかなくて





「ごめんで済む問題とそうじゃない問題があるでしょってこと!」

『…すみません』

「それ知ってたら今日はショパンの曲弾くつもりだったのにー!」

『…怒りのポイントそこなの?』





彼女の大きめなジェスチャーに乗っかってはいるけど

主張自体はかなり軽くて

流れる空気も一緒に浮遊して





「はぁ…こうなったらコンクールの打ち上げ、付き合ってもらうからね!もちろん名前の奢りで!」

『ちょっ、急に何だよ…てか一人称手持ち少ないんだけど…』

「よーし!何食べよっかなー(笑)」

『……聞こえてないな、こいつ』





なんとなく感じる



きっと彼女との関係は

こうやって続いていくのかなって



出会ってから

まだ一ヶ月くらいしか経ってないけど



手放したいと思っても

多分途切れないというか

離れてくれない気がするし





『…その前に衣装は着替えてよ?』

「あ、そっか(笑)」





今までは

ひとりぼっちで嫌ってた夏とか

ホールに射し込む午後の光も



なぜか彼女と一緒にいれば

そんなに悪くないかなって思えるから





「んーでも着替えるの面倒くさいからこのままでいいや(笑)」

『…頼むから着替えてきて、待ってるから』

「えーなんでよー」

『そんなふしぎの国から来たような格好してたら目立つに決まってんだろ…』





彼女の手をひいて



街を全力で駆け抜けた



汗を流したあの日のように…
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