日向坂 (短編)

□DRIPPING
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「…どう?」

『ん、おいしい』

「もっと食べる?」

『食べる』








日曜日の昼下がり



静かで見慣れない白い部屋に



二人きりの菜緒と名前




これがどういう状況か説明すると




実は名前が風邪を拗らせて入院してしまい

お見舞いに来てるところでして

今は丁度差し入れのフルーツを食べてるんやけど







『なぁ、苺にかける練乳ある?』

「そう言うと思って持ってきた…ほら」

『おっ、さすがいちごちゃん(笑)』

「…練乳も苺も没収すんで」

『は?何でだよ(笑)』

「当たり前やろ!そんな昔のあだ名いつまで引きずってんねん!」

『しょうがないじゃん、幼なじみなんだから覚えてんだよ!』

「あんたこそ昔はおばさんに名前ちゃんって呼ばれてたくせに!」

『ちょっ…バカ!大声で言うなよ恥ずかしいから///』





顔を赤くした名前の言うとおり

もちろん関係は前のまま

想いも隠したままで平常心を装ってる段階で




親友の愛萌にも

まだ正直なことは言えてないし





ここで抜け駆けみたいなことを

できるほど要領良くもない






そんな現状と一緒に

名前から引き離した苺の甘酸っぱさを噛み締めながらも





『それにしてもいい天気だよなー、今日』

「…そやな」

『後で散歩とかしちゃダメかな?ここの病院の庭めっちゃ広いんだよ!』

「その前にあんたは病人やろ…大人しくしとき?」







窓から射し込む優しい光に

ちょっとずつ落ち着き始めた二人の時間と



いつも通り、とりとめのない会話に

何とも言えん心地よさを感じてたんやけど







コンコン








個室になっているこの部屋のドアを

向こう側からノックする音が聞こえてきて







『あ、多分あの人だ!』

「…あのひと?」







軽くテンションの上がった名前に

その理由を聞く暇もないまま

あっという間に、静かに開いた扉



そこには優しい空色を纏って

ポニーテールに髪を束ねた

スタイル抜群の綺麗な人がおって





「苗字さーん、血圧計りますよー」





その一言を聞いて

ようやく看護師さんってことに気づいたけど



ベッド脇の椅子に座る私は

近づいてくるのを待つのが精一杯で







「こんにちは」

菜緒「あ…こ、こんにちは」







近くで見ると尚更可愛い

しかも顔めっちゃ小さいし、良い香りもするし

まるでモデルさんみたい…




なんて思ってる間に名前の血圧を調べるために準備を進めてて

胸元の名札に書いてる高本って苗字を確認したところで









高本「苗字くんの彼女?」








いきなりデリケートな質問がフランクに飛んできて

一瞬焦ってしまった自分







『いやいや、ただの幼なじみですから(笑)』






そのわずか数秒の間に名前が間髪入れず返事したから

もう黙るだけになってしまって






高本「本当に?とか言って実は付き合ってたりして(笑)」

『違いますよー!一人称ら全然そういうのじゃないんで(笑)』

高本「ふーん…そうなんだ」

菜緒「…//」







ちらっと横目で見られたことが

何故かちょっと恥ずかしい



多分名前が否定してるすぐ傍で

正反対の事を菜緒は考えてるから





高本「へぇ、苗字くんバレー部なんだ?」

『はい、一人称は選手で菜緒はマネージャーです』

高本「部活も同じ?じゃあ本当にずっと一緒じゃん(笑)」

菜緒「…」





血圧を計り終わった後も

二人はしばらく楽しそうに喋ってて





『しかもクラスまで一緒なんで、ほんとに腐れ縁というか…(笑)』

高本「大変そうだね、こんな幼なじみがいると(笑)」

菜緒「まぁ、そうですね…」





話を振られても

あんまり気のきいたことも言えず



笑いあう二人を

楽しそうな名前を



ぼんやり霞んでいく視界の中で



静かに眺めることしかできんかった…
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