Labyrinth to Rain (長編)

□crowing me softly
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「まったく…何でいきなり電話切っちゃうかなぁ」

『…』

「途端に連絡もつかなくなっちゃったから心配したよー?」

『…』





開いた扉の向こう

虚しく広がる雨を背景に



だけどそれをものともしない

恐れ知らずにも見える表情で



いつものように

流暢に喋り始めた彼女に対して



なぜか一人称は上手く反応が出来なくて





「…ちょ、ちょっと?話聞いてる?」





気づけばあっという間に

不安にスイッチした質問まで飛んできてて





『……うん、聞いてる…よ』

「…?」





咄嗟に

だけどぎこちなく返した言葉のせいか



彼女の純粋な質問が

徐々に疑問になっていくようで





「…電話してた時からちょっと思ってたんだけどさ」

『…』

「今日の名前…なんか、いつも以上に変だよね?」





するとものの数秒で

ぼんやりとだけど

確かに捉えられた現実





『…そうかな、全然……普通だけど…(笑)』





付け焼き刃みたいな

甘さの欠片もない苦笑いなんかじゃ

ごまかしきれるはずもなくて





「…何かあった?」





また

よみがえってくる





『…いや、何もないよ……大丈夫』





和らいでいたはずの

そう思い込んでただけの



別れの言葉と情景が





「私で良ければ、話とか……聞こうか?」





差し伸べてくれてた

純粋すぎる優しさの





『…』

「…名前?」





何とも言えない

タイミングの悪さを際立たせて










『…大丈夫って言ってんじゃん』





















「えっ、」

『……悪いんだけどさ』










あぁ



やっぱり



そうなのか










『今日は……帰ってくれないかな』









ようやく



分かった気がする



自分の口から吐き出した言葉が

自分を一番シンプルに表現してることに





結局



彼女が初めてこの家を訪れた日に抱いた

暗い答えは変わってなくて

だけど間違ってもいなかった





今の一人称に

一番いらないのは





「…」





こうやって人の無防備な記憶に

心に触れて剥がしてくる



痛みを知らない

彼女みたいな人ってことか










「…やだ、帰らない」
































『…は?』





















「だって……ほっとけないんだもん」

『…』
































一体

なんだろう



この不思議な感覚は



真っ黒に固まったはずの意志から

いとも容易く色が落ちて

白が滲んでいくような…





まっすぐ見つめられたとか



言葉の意味を深読みしてるとか





きっと



そういうことじゃなくて







『いや…でも、ごめん……やっぱ今日は帰って』

「嫌だ、帰らない」

『……帰ってって言ってんじゃん』

「だからそれは無理だって言ってんじゃん!」





強がれば強がるほどに



彼女の語気も力を増していくようで



逆にこっちの心は脆くなっていくようで





「何があったのか話してくれるまでは…私、絶対帰らないから」

『…』





文字通り

さらに一歩踏み込んできた彼女との距離に

知らず知らずの内に仰け反ってしまった自分がいて





『ほ…本当にしつこいなって、うわっ…』





憎まれ口を叩いてみるけど

無言でさらに一歩踏み込む力強さと

捉えられた視線は相変わらずで





「…」





なんとなく

敗北の予感が漂い始めて





『…前から、思ってたんだけどさ』

「…なによ」





だけど何か悔しくて

悪あがきを試みることにしたんだけど





『なんで……そんなにしつこいの?』





















「…んっ?」

『いや……だから、なんでそこまでして一人称にかまうわけ?』

「なっ…なんでって……//」





すると思わぬフェミニン展開というか

鉄壁だったはずの防御が崩れそうな気配がして





「そっ、そんな急に言われても…//」

『急にって…そこまでグイグイ来るんだから理由くらいあるんだろ?』

「そ…そりゃあ、ありますよ……?」





やっぱり

この人は変な人だ



具体的にはまだ掴めないけど

おそらく妙なところが脆いというか繊細というか…





「だ…だから、それはさ…//」

『…』

「うぉっ…いや、うーん…//」

『…』





キョロキョロと辺りを見回したり

唸ったり、否定したり、また唸ったり





「はぁ……もう、分かった、分かりました!」





正直

一人で何やってんだって言いたいところだけど

展開的に口を挟めば余計長引きそうだから





「…つまり、その……//」





何をどうしたいのか

もどかしそうな表情は相変わらずだけど





「私が…ここに来たのは…///」





考えがまとまった様子の彼女を

黙って見つめていた時










ガチャ…











一人称たち二人のいる玄関とはまるで真逆な

静かで暗い家の奥



背中方面から聞こえたドアの開く音に

思わず振り返ると







「…えっ、」

『…ぁ』










なな「…」










そこには

まるで彼女の



生田さんの言葉を遮るようなタイミングで



一人称をここまで運んでくれた

心を繋ぎ止めてくれた優しい人が



細く開いた脱衣場の扉から



隙間を縫うような視線で一人称たちを覗いてた。
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