欅坂 (短編)

□星空
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「ふぅ…」





転校初日

ハプニングで始まった今日だったけど



田舎育ちのおかげか遅刻は不問になり

クラスでの自己紹介も無難な挨拶で及第点



友達は

これからかな





夕暮れる放課後

そんなことを考えつつ

朝とは逆を向いたバスに乗り込む私



運よく空いていた席に座って

窓に映った自分を眺める





「なんか顔が疲れてる…」





思わず声に出た

初めての環境に気を張ってたし

しょうがないのかもしれないけど



一番の理由は

多分笑えてなかったから



作りものじゃない

本当の笑顔



学校でもいつか

自然と笑えるのかな…





「…」





ぼーっとしながら

窓に映る景色を眺めていると

徐々に速度を緩めるバス



いつの間にか

次の停車区間がもうすぐらしい



窓の先には

制服姿の学生が何人か見える





「…」





そういえば今朝の彼は

ここで降りてたっけ





「…」





さすがに

帰りも一緒ってことはないか



学校を除けば唯一の知り合いだし

また喋れたら嬉しいかもって

なんとなく思ってた





本当

それだけだったのに










『あ』





















開いたバスの入り口から

聞き覚えのある声がして



視線を移すと

そこには今朝の彼





「…ぁ」





乗り降りで混雑してるはずなのに

引き寄せられるみたいに目と目があって

ゆっくり近づいてくる





『おつかれ、いま帰り?』

「あっ…うん」

『横座っていい?』

「ど、どうぞ」





会話が続いて

すぐ横に彼が座った





『どうだった?転校初日』

「ぼ…ぼちぼち、かな」

『そっか、遅刻したの大丈夫だった?』

「なんとか…」






あれ…

私、なんで緊張してるんだろ



今朝会って話してるし

一番緊張しないでいられる相手のはずなのに





『一人称の学校、遅刻にめっちゃ厳しくてさ』

「そ…そうなんだ」

『一人称もそっち通えば良かったなぁ』

「え?女子高だよ?」

『あ…そっか(笑)』

「ねぇ、ちょっと(笑)」





なんでかな

楽しいのに



ふわふわしたまま

会話だけが続いていく




距離が近い相席に

肩が触れている感覚に

神経が持ってかれてる



長く続いてほしいような

早く終わってほしいような時間は



結局どっちか分からないままで

出会ったあのバス停に向かっていた















『家、どっち方向?』

「私はこっち」

『一人称は向こうだから、反対だね』





数分後、一緒に降りて

お互い指差しながら帰路を伝えて



再び訪れた

あっという間のお別れ




『じゃあ気をつけて、明日は遅刻しないように(笑)』

「…バカにしてるでしょ//」

『してないって!本心で心配してるから(笑)』

「自分も遅刻したくせに…(笑)」





嫌だな

このままバイバイするの



けど会っていきなり連絡先聞くとか

そんな勇気も器量もない





『じゃあね』

「…うん、ばいばい」





願いは虚しく

あっさり告げられた言葉





『〜♪』





鼻歌まじりに

離れていく背中が

相変わらず爽やかで





「…」





見送るのが

切なくなった





「…かえろっと」





うまく表現できない何かを諦め

家に向かって歩き始めた瞬間





『ねぇ!』





















突然

背中越しに響く大きな声



振り向くと

やっぱり彼はこっちを見ていて





『なーまーえー!』





















「えっ…なにー!?」

『なまえー!聞いてなかったー!』





名前って…私の?

確かに聞いてなかったけど

このタイミングで聞く?





『なんていうのー!?』





どうしよう

めっちゃ叫んでる



でも周りに人いるし恥ずかしくて

車もいっぱい通ってるし聞こえづらい





「…っ」





戻って聞いたほうが良い

それは分かってる





















だけど…





「……っ、ねるー!」










反射的に

叫びで返してしまった



我ながら

バカだと思う





「そっちはー!?」




















『名前ー!』





でも

そのおかげで

彼の名前を知ることができた





『じゃーなー!ねるー!』





それから

大きく手を振り返して

今度こそ本当にお別れだったけど





「……ふぅ(笑)」





名前を知り合えたって

たったそれだけの事実に安堵して





「…名前っていうんだ…あの人」





呟いてみただけなのに

渇いた喉さえ潤っていくようで





「…」





















「…そっか//」





そして

初めての帰り道



どういうわけか

歩きながら眺めた夕陽は

とても美しく揺れていた。
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