欅坂 (短編)

□独想
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毎年

穏やかに向かっていたはずの季節が



今年はとても足早で

私たちの一ヶ月は

あっという間に過ぎ去った







『先生』

「…なんでしょうか」

『これ、どうやって解くの?』

「あ、これはね…」

『…』

「…//」









放課後

街の図書館

静かな空間




二人ずつ座れる

四人用のテーブルで

向かい合って勉強中





あの日の約束が

実現したのは嬉しいけれど

鼓動の音も凄いけど









『…ねる?』

「あ…ごめん」

『どうした?何か考え事?』

「…ちょっと、ボーっとしてただけ(笑)」

『……そっか(笑)』









苦笑い

応えるように名前も笑ってくれたけど

きっと何にも誤魔化せてない

だけどはっきり言えない








サヨナラとか

考えたくない









『えっと…料理本ってどこにあるんだっけ』

「…名前、料理するの?」





静かなふたりきりの勉強を終えて

場所も変えて

今いるのはあの本屋さん



名前が教えてくれた

私がこの街でいちばん好きな場所



だけど足を踏み入れたコーナーは

私もまだ開拓していない

おまけに彼のイメージにないジャンルで





『いや、する予定というか…』

「予定?」

『引っ越したら多分やらなきゃいけないからさ』

「…どういうこと?」





とまどいながらも聞いてみると

どうやら引っ越しは両親の仕事の都合によるものらしく

二人共が忙しくて帰って来れない日が増えそうだからって…





「大変…なんだね」

『まぁ……でも両親に比べたら一人称のは全然苦労じゃないよ(笑)』





それに料理が趣味ってなんかいいじゃん?

そんな風に明るく話す彼の表情は

ちょっといつもより大人びて見えて





『ねるは料理しないの?』

「…あ、っと……いや…あの…//」

『なに焦ってんだよ(笑)』





自然な会話の流れに乗って

急な微笑み返しがやってきたから

心は揺さぶられてしまい

言葉が全然出てこなくて





『でも…ねるって料理下手そうだよな』

「えっ、今の普通にひどくない?(笑)」

『前に一人称のことバカって言ったお返しだよ』

「そんなはっきり言っとらんし…(笑)」

『いや、あの時の目はマジだった(笑)』




それをどういう風に受け取ったのかは分からないけど

空気を変えるのが上手な名前に踊らされて

今日一番ってくらいの明るい会話が始まって





「けど名前もさぁ…料理本とか読んでも結局は適当に作りそうだよね(笑)」

『ちょっ、それはねるじゃん!鍋に野菜入れただけで料理したとか言うタイプだろ!?』

「なっ…そんなこと言っとらんやろ!絶対名前よりは美味しいの作れるったい!」

『じゃあ今度料理対決しようよ!絶対勝てる自信あるから(笑)』

「なんでそんな強気…(笑)」




それなのに

楽しいはずなのに

嬉しいはずなのに





「…」

『…ねる?』





儚いひとつの疑問が

頭の中を埋め尽くしていく





『…どうしたの?』

「……ううん、なんでもない…(笑)」





こんな風に

笑いあえるのは



一体あと

何回くらいなんだろうって…
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