欅坂 (短編)

□独想
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12月23日

PM4:06



揺れる座席

窓の向こう



冷たい車内に反比例して

優しくて暖かい雰囲気の



ちょっとずつ

沈んでいく太陽





ようやく

海へ連れて行ってくれる

綺麗な夕陽を見せてくれるって約束が実現するのに

あまり気持ちが高揚しないのは



名前が明日

いなくなるから



今からどんなに

ロマンチックな時間が流れても



私のことなんか

きっとすぐに忘れちゃう



そんな当たり前のことが

分かってるのに



どうしてこんなにも

入念に鏡を覗くんだろう



そんな矛盾を抱えながら

止まったバスから降りた先



待ち合わせた名前の隣には





「…で、虫が食べれるって噂のお店なんですけど」

『あ、それ知ってるかも』

「ほんとですか!?」

『そのラーメン屋さんの前をまっすぐ行って、しばらくしたら信号があるからそこを右に…』





初めて見かける

背が高くてスタイルも良くて

だけどちょっと幼い顔をした女子高生に



彼女の面影を見た気がして





「なるほど…ちょっと行ってみますね」

『うん、多分そこで合ってる思うけど…』

「すみません急に変なこと聞いちゃって…ありがとうございました//」





どうやら会話の内容的に

道を聞かれてたみたいだけど



全然

よくあること

私と名前がシンプルな友達だったら

微笑ましく眺めていられたはずなのに





『おっ、ねる来た』

「あ…彼女さんですか?」

『いや、友達だよ』





ふたつの視線が重なって

こっちを見つめる僅かな時間が



長く

煩わしく感じた










『…』

「…」






海へ向かう道

ようやく見れるはずの夕焼けが

待ち遠しく感じられない



名前が明日でいなくなるから

冬の風が冷たいから



違う

引きずってる嫉妬のせいだ



学校の友達相手ならこんなことないのに

名前ってなった途端

私は気遣いが下手な空気の読めない人になってしまう



おかげでもう随分会話がないまま

砂浜まで来てしまったけど





『…』

「…」





しょうがないじゃん

何を話せば良いのか分からないし

でもこんな風にお互いが黙りあってるのも私のせいだし






『…』

「…」




だけど

ふたりで過ごせるのは

今日が最後なんだから



明日は学校の友達とかも見送りに来たりするだろうし

ゆっくり話せるのは今しかないんだから



とりあえず

何か喋らないと

そう思った時






『…危ない』

「…えっ?」





隣にいたはずの名前の声が

背中の方から突然聞こえて

意図を読み取ろうとしたんだけど





『いや、だから危ないって!濡れるぞ!』

「…濡れる?」





視線を身体の正面にやると

目の前に広がるキレイなオレンジにまぎれて

足元に感じる冷たい感覚

それはあっという間に膝まで登ってきて





「うわっ、やばい!」





もちろん気づいた時には遅くて

寄せては返す波と

我に返った自分の姿に絶望





「やっちゃった…」





その衝撃に

気まずさはどこかへ消えて





「っ、名前ー!」





とりあえず

かなり後ろにいた名前に

大きな声で状況報告





『大丈夫かー?』

「ずぶ濡れー!(笑)」







すると返ってきたのは





『何やってんだよー!(笑)』






屈託のない笑顔と

背中越しに照らすオレンジが

ムラサキに変わっていく瞬間で



明るいのか、暗いのか

先の見えない現実に流れる時間は



ここから

一体どうやって進むんだろう…
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