月刊少女野崎くん(短編)

□光さす場所へ
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ガチャン、というイヤな音とともに私の視界はブラックアウトした。

やっちゃった・・・

自分がしたことの愚かさに、私はその場で立ち尽くした。


光さす場所へ


知ってはいたのだ。体育館にある倉庫の扉が壊れてるって。だから扉は開けておくようにって。
なのに、うっかり扉を閉めてしまった。開けようと引っ張ってもびくともしない。

「一人で来てて良かったかも・・・」

誰かと一緒だったら盛大に恨まれかねない。

「よかねーよ!」

一人のはずなのに、声が聞こえた。おまけに照明がついて明るくなる。と、奥から男子生徒が一人出てきた。

「あれ、堀ちゃん? 何してんの、こんなところで!!」
「そりゃこっちのセリフだ、月島!!」

現れたのは堀政行。同じクラスで演劇部の部長をやってる。

「お前も知ってるだろうが、ここの扉壊れてるって。なんで閉めるんだよ!」
「閉める気なかったけど、ちょっと引っ張ったら閉まっちゃったんだもん。仕方ないじゃん!!」

そう、閉めるつもりは毛頭なかった。

「ったく、しゃーねぇな・・・お前、ケータイは?」
「鞄の中。堀ちゃんは?」
「同じくだ。さて、どうすっか」

今はお昼休みがそろそろ終わるというところ。次に体育の授業を受けに来るクラスがあれば誰か気づくはず。最悪、放課後に部活が始まれば・・・

「今日からテスト期間入ったよな。全部活休止じゃなかったか?」

あうぅぅ・・・そうだった。ということは?

「見回りの先生が見つけてくれるのを祈るか、だな」
「それって、何時頃だろう?」
「・・・5時、とか?」

ご、拷問だ。
それまで好きな人とこんな所で二人きりとか!!

そう、彼は私が密かに想いを寄せている人。話しやすいし、からかうと照れて赤くなるところとかなんだか可愛いし。面と向かっていうと怒られるけど。でも部活に真剣に取り組んでいて、演劇のことを話す時のきらきらした顔にどきっとさせられたりする。好きなんだ、って気付いたのはまだ最近だから、告白とかは考えてない、まだ。

「そういえば、月島。お前、ここになんの用があって来たんだよ」
「え、あぁ、探し物をしにきたんだ」
「今の内に探しといたらどうだ? どうせ身動き取れねーんだし」
「そういう堀ちゃんは?」
「顧問に頼まれた雑用だ。職員室行ったらコレ取ってきてくれって」

かざした右手に紙袋。中身はわからないが、きっと部活で使うものだろう。

「あのオッサン、人使い荒いんだよ。なんでいつも俺に言うんだか・・・」
「信頼されてんじゃん。いいことだよ」

そういいながら、私は床を這うように目的のものを探し始めた。
午前中の体育のあと、片付けをしていたときにたぶん落としたのだろう。音がしたようにも思ったけど、次の授業の時間も迫っていて振り返らなかった。

「ちなみに、何探してんだ?」
「ペンダント。青いティアドロップで細いチェーンの」

あれは肌身離さず身に付けている大切なものだから、なんとしても見つけないといけないのに。

「ひょっとしてコレか?」

言われて振り向くとその手にはたしかに私のペンダントがある。

「それ! どこにあったの!?」
「そこに落ちてたぜ」

指さしたのは奥に続くドアと床の隙間。そんなところにあったんだ。

「よ、よかったぁ〜」
「そんなに大切なものなのか?」
「うん、御守りみたいなものかな。お兄ちゃんからのプレゼント。三年前に死んじゃったけど」

堀ちゃんは目を丸くした。
そう、これはまだ誰にも話したことがない。
私と十二も年の離れた兄は三年前に脳腫瘍で亡くなった。若いから進行が早くて、気づいたときにはすでに手遅れだった。
共働きの両親に代わっていつも私の面倒を見てくれた優しい大好きな兄だった。

「お兄ちゃんから私への最後の誕生日プレゼント。自分がもう長くないって分かったときに用意してくれたみたい。手紙と一緒に机の引き出しに入ってたんだ」

気付いたのは亡くなって少し経ってから。両親も私も遺品として片付けたくなくて、しばらく部屋はそのままにしていた。掃除だけは、と掃除機を掛けていたときに半開きの引き出しに気づいた。その中にあったのがこのペンダントと私への手紙。

『夏禀がこの手紙を読む頃、僕はどうなっているかわからない。だから誕生日プレゼントはここに入れておく。いつまでも夏禀を見守っているから』

涙があふれて止まらなかった。あの時も、今も。
泣き顔なんてみせたくなくてぐっと俯くと、頭をそっと撫でられる感触がした。

「悪い。辛いこと、思い出させちまったな」

思い切り頭を横に振る。
そんなこと言わないで。
同情して欲しくて話したんじゃない。でも、あなたには聞いて欲しかった。初めて好きになった人だから。

「月島、これ。ほんとはつけてやりたいけど」

手のひらに乗せられたペンダントはチェーンが切れてしまっていた。ペンダントヘッドに繋がっているからチェーンだけを替えるのは難しい。

「見つけたときにはもう切れてたんだ」

もうつけられないペンダント。なんだか哀しくてさらに涙が滲む。

「お兄ちゃんに、呆れられたのかな。私が不甲斐なくて」
「んなことねーよ。たぶん、役目を終えたんだ」

どういうこと?

「その、なんてゆーか・・・俺が、代わりにお前を守る、から・・・ってことだ!」

言葉がいまいち飲み込めず、ぽかんと見つめてしまった。
赤く染まっていく堀ちゃんの顔。

「ほり、ちゃん・・・?」
「だからっ! こんなとこでカッコつかねーけど、俺はお前のことが好きなんだよ!」

私、いま、好きな人から好きって言われた・・・?

「俺じゃあ、お兄さんの代わりにはならないかもしれないけど、俺なりにお前を大切にするから、」
「私も、堀ちゃんのことが好き!」

黙っていられなくて叫んだ。

「お兄ちゃんの代わりとかそんなこと、思ってなくて、堀ちゃんが堀ちゃんだから好きです!」

堀ちゃんはそのまま私を抱きしめて、頭を優しく撫でてくれた。堀ちゃんの腕の中は暖かくて、涙があふれた。
どれくらいそうしていたのだろう。堀ちゃんが小さく声を上げた。

「思い出した」
「何を?」
「ここから出る方法」
「!? ホントに!?」
「ああ、すっかり忘れてた。こっちだ」

堀ちゃんに手を引っ張られて体育倉庫の奥の部屋へ向かう。

「これを登ると舞台袖の上までつながる通路に出るんだ。そしたら舞台から出られる」

これ、と指さされたのは梯子だった。ちょっと古いけどしっかりしていそう。
先に堀ちゃんが登って、私は後に続いた。扉が開くと、窓から入ってきた太陽の日差しが扉から降り注いでくる。まるで堀ちゃんが光っているみたいだ。眩しくて手をかざした。

「大丈夫か? 引っ張ってやるから手出せ」

差し出された手に自分の手を重ねると、ぎゅっと握られて、強い力でぐいっと引き上げられた。
大きな窓からの光と繋がれた手。どちらも暖かくて、また泣きそうになる。

「お前、さっきから泣いてばっかだな」
「しょうがないじゃん。哀しくても嬉しくても涙は出るんだから」

兄がいなくなってまだ三年。思い出さないようにはできるようになったけど、寂しいとか哀しいとか、そういう感情が消えるにはまだ遠い。
だけど、好きな人から好きだって言ってもらえるなんて、どれだけ幸せなことなんだろう。
哀しくて嬉しくて、きっと心が混乱しているから泣いてしまうんだ

「泣くなって言ってんじゃないからな。これからは、泣くなら俺のそばで好きなだけ泣けばいい」

私が好きになった人はこんな優しい言葉をくれる人。

あなたは私の心を照らす、光。




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