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□悩みがあります
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「な、なな悩んでる、といいますと……?、…って、いってぇっ!!」

とぼけようとしたら、舌打ちと共に再び腹を蹴られた。

今度は脇腹。

絶対明日、痣になってる。
涙目で見上げると、ハッ、と鼻で笑われた。


「どうせすぐ治るんだろ。気持ち悪ぃ」

「うぅ……、知ってると思いますけど、巨人化出来なくなってから、怪我の治りは常人並ですからね、俺」

「ほう、言うようになったな、エレンよ」

「あ」

しまった。

外に出たせいで、少なからず開放的になってしまっているらしい。

しかもよく考えたら上司の前で寝転んでいるなんて……、明らかにアウトだろう。

「す、すみませ、ぐふぅっ……!!」

起き上がろうとしたら、すごい勢いで喉元に足を乗せられた。

痛い。


「悪いとは言ってねぇだろ、メンドクセぇ野郎だな」

「…………はい」


なるほど。
こうして自分は、徐々に躾けられていくのだろう。

そのうち、巨人化した状態でも兵長にだけは敬礼するんじゃないか、なんて想像して、乾いた笑いが漏れた。


そして、笑ってから、そんな風に笑えるくらいには浮上している自分に気づいた。

恐い、苦手だと思っていたはずのリヴァイ兵長だが、こうして一緒にいると、不思議と落ち着けた。

彼が、自分をいっさい恐がらないからだろうか。

ちらりと、エレンと同じように星空を見上げるリヴァイの横顔をを見つめる。

鋭い眼差しは、常にすごく遠くを見つめている。

彼の見ているものと、自分の見ているものは同じはずなのに、何故だかすごく遠く感じた。

果たして自分は、これから先、その横に立つことが出来るのだろうか。

そう思ったら、自然と口が動いていた。


「兵長、俺、ミカサ……、あ、ミカサ、っていうのは俺の家族みたいな奴なんですけど、」

「あぁ、知ってる」

「……そうですか。それで、そいつに、殴りかかったらしいんです、巨人化したとき」

「それも知ってる」

「あぁ、審議所で……」

と、そこまで言って、別の記憶まで甦りそうで、エレンは言葉を区切った。
リヴァイもそれを察したのか、特に何も言わなかった。

「それで……その、俺、その時の記憶が、ないんです」

「……」

「今でも信じられないんです。ミカサは小さいころから一緒に育った、妹みたいな奴で、あいつに、俺が……」

「……」

「あいつを殺してしまうくらいなら、死んだ方がましだ、って、思いました。でも……」

「……でも、なんだ」

兵長の先を促す声が聞こえる。
エレン自身、ここまで言っておいて、最後まで言わないのは男らしくないと思う。

でも。

―――こんなことを言っていいのかわからない。

悩み、唇を噛むエレンの頭に、ふいにリヴァイの手が乗せられた。

目線をあげると、いつも通りの無表情な兵長がいる。

「良いから言ってみろ」

その一言で、エレンの中の何かが決壊した。

「っ……、兵長……、俺……、俺っ……、ホント、ダメだって、わかっているんですけど……っ」

「あぁ」

「巨人化しようとする時、想像するんです、もし失敗したら、って……」


言葉と一緒に、涙がとめどなく溢れた。

みっともなくて、情けなくて、顔を隠したいのに、兵長の足が動けないように身体を固定しているものだから、それも叶わない。


「それで……自分でも、汚い人間だって思うんですけど……、でも…っ」

「…………」

視界が滲んで、もう兵長の顔は見えなかった。

でも、頭に触れるリヴァイの掌が、優しく髪を撫ぜるのだけは感じられた。
それに励まされるように、エレンは、ずっと胸につかえていた一言を吐き出した。


「俺……、死ぬのが……怖いんです」







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