うちのこ物語
□さよなら
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あの子は、帰ってしまったのだろうか。
トランプの飛び交う法廷から、突如あの子は消えた。
みんな混乱もせずに見えない何かに対して攻撃をしている。
ああ、女王様はなんでいつもああなんだ
前足を頬に当ててトランプたちを眺める
隣にはネズミに帽子屋。彼らは何も気にしてないようだ。
俺たちはもうすぐ消えてしまうのだろうか。あの子の夢である俺たちは。
別にジャックをかばおうと思ってハチャメチャなことを言ったわけではない。
それが俺の役割であり、ここにいる理由だから。
三月ウサギなんて名前を与えられた俺だが、実はその名前をあんまり気に入ってない。名前があるのは誇れることなのだろうけど名前の理由が三月の発情期ウサギみたいにキチガイだからなんて言われたら気分も悪くなるものだ。
俺は別にキチガイでもなんでもないしこのちょっとひねくれた性格だって離れて見ればけっこう可愛いもんだと思う。
なんて、自分で言うのもあれだが実際そうだ。公爵夫人様のバカ猫に比べりゃ俺たちがあの少女にしたことは軽いもんだ、と本気で思ってる。
俺たちは所詮夢の中の住人である。そう客観視ができる俺はこの世界ではかなり異物な存在だろう。
みな必死にこの世界で自分を演じている。意味もわからないまま、だれかさんに定められた道を通って。
ああ、気に食わない。
溜息を吐くと俺の両頬にある髭が揺れる。人型の奴らはなにやら楽しそうに(そう見えるだけだが)騒ぎ立てている。
バカらしくてまた溜息をつきそうになる、と
「だめだよ、溜息をつくと幸せが逃げちゃうんだよ」
すっと伸びてきた手が、俺の口を塞いだ。
急に止められた息を鼻から少しずつ出しながら手の持ち主を見ると、帽子の隙間からニコニコとした目が見える。大きな帽子。腐れ縁。
「はぁ、だれがそんな溜息ついたって?だれが?いつ、どこで?」
「いま、きみが、ここで、だよ。全くもーそんなんだから発情期前のウサギだって言われるんじゃないの?」
「ちょっと待て、関係なくねそれ」
胡散臭い笑みを鼻で笑い、突っ伏す。長い耳が机に垂れる。ああつまらない、いやな気分だ。
「とにかくつまらん、なんか面白い話ないの帽子の」
「んー…特に思い当たらないかな」
「ちぇっ」
眠りこけるネズミを突っつく。気楽そうでいいなーと小声でぼそっとつぶやくと、寝返りを打つかのようにもぞもぞ動く。
急に法廷が静まり返る
しんっとした空気の中、王が静かに言葉を放つ。
「『アリス』が白兎についてくる、戻れ、今度は間違えるな」
ああ、やっぱり夢は夢だ。繰り返し見られる夢の中の俺たちは、ただの『想像』でしかないんだ。
▼△▼△
「メアツ、起きて」
「んー…?」
そっと目を開けると、目の前に同居人の姿。机に突っ伏して寝ていた俺を隠れてない方の目で覗き込んでいた。
「あれ、カミーラおはよ、早いね」
「そうでもない、もう12時。」
「それは朝じゃないね。にしても珍しい、なんで起こしたの?今日は定休日だし紅茶なら棚に山ほどあるけど」
「うん、でも」
ミルクがない、そうぼそっとつぶやくカミーラに俺は伸びをしながら立ち上がり「じゃあ買いにいこっか」と店の鍵を探す。
思えばこの店を開いてどのくらいになるだろう。元々進まない時間の中ずっとお茶をのんでいただけあって俺の時間感覚は他人に比べかなり狂っている。気がつけばこの街にいて、少しずつ時間の進みに慣れて行って、お店を開いて、いつの間にか友達もでき、同居人もでき、恋もして
「メアツ、はやく行こう。鍵 ないの?」
入り口の方を見ると俺の想い人がわかりにくいが、ちょっとそわそわしながら待っている。
「あー待って待って、いま行くよー」
レジのそばに置いてあった鍵を手に取り彼女に向かって歩いて行く。
いろいろなことがあった。人の形になり、『夢』の中にいたときよりさらにめんどくさくなった腐れ縁のお茶会に付き合うことも多い。自分自身も夢を見るようになった。
ああ、気に食わない
けど
「なかなかいいもんだよね、こういうつまらないほど人間じみた生活も」
「どうしたの ミルク はやく買おう」
「はいはーい」
カランカランと音を立て閉じる扉が俺の夢ごと店にしまいこむ。
すこしくらい、この世界で楽しんでも罰は当たらないだろう。
今日はどんな夢を見ようか、ワクワクとした心を抑え込むように、地面を踏みしめた。