うちのこ物語

□記憶のそこの底の違和感
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カタン、と音を立てて機織り機から出来上がった織物を取る。
空色の布は開け放した窓から入り込む森の風に揺られて、ふわふわと微かになびいている。まるで本物の空のようだ。
洋服に挑戦してみようか思ったのが昨日の朝。丸一日かけて織った布を、この前学んだ手法で裁ち、切り離していく。
洋服は普段作っている着物や浴衣と比べ、立体感が重要になってくる。
多少サイズが違っても着れる和服と違い、サイズがあっていなければいけないからだ。 そのため、必然的に完成までの行程は長くなるのだが。

「んー…?あ、あぶない間違って内側切るところだった…」

寸前で手を止めて確認してよかった、と碧子は思う。前に一度間違って切ってしまったせいでいい布をダメにしてしまったことがある。
しかもそれは自分で作ったものではなく友人の千歳の反物であり、彼女がその言葉の通り身を削って作ったものだった。あの時は本当に申\し訳なく、

「また織るから…」

と言った彼女から機織り機を取り上げて二人で軽い攻防を繰り広げたなぁ、と思い出す。

「えっと、これはパドロさん用だから…普段作るものよりちょっと大きめにっと…」

そう言いながらうしろの壁にある自作の服を見る。先日作った浴衣が二着、壁にぶら下がっている。
碧子が着るにしては大きく、碧子の友人にあげるものにしては小さい、男性用の浴衣だ。 最近碧子は無意識に見覚えのない人が存在しているような振る舞いをしてしまう。
いや、正確に言うと見覚えはある、というかあったこともある。ただ全くといっていいほど接点はない。
話したことはあるが数回、しかも碧子がテンパって一言二言言って全力で逃げてるから正直話したとは言わないだろう。
だが、先日みたあの幻覚は、間違いなく彼だった。

「『紅太郎』くんって…あの人の名前だよね?」

うーんと一人腕を組み唸る。碧子は記憶力はいい方だ。昔から物覚えも早くよく褒められた。よく…

「ってあれ?…誰に?」

ふと疑問がわく。 - 私は一体誰に褒められていたのだ? - 碧子は頭のなかを探るように集中する。
一体誰に褒められていた、碧子はどこにいた、どこで、どのように過ごしていた。 何度も何度も思い出そうと頭をフル回転するが、どうしても


「思い…だせない…?」

まったく、自分のことが思い出せなかった。
この森に住んでる間のことははっきりとわかる。友達のこと、自分がどんな服を作って売ったか、だれとどこでどのような話をしたのか。


思い出せないのは、そのうんと前。 碧子が生まれ、過ごした場所のこと。

「うっそ…なにこれ…」


いままで気がついていなかったことでも、一度気にするとその疑問は頭の周りをぐるぐるともやのように回る。


そもそも、なぜいままで気にならなかったのか、それすら疑問となって行く。 もし、あの幻覚を見なければこのような考えさえしなかっただろう。

「あの人と私、何か関係があるのかな…?」

こくり、とつばを飲み込む。 赤い目の、私と同じ角を持つあの人。

「近いうちに…会わなきゃなのかな…?」


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