散弾銃
□03
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なまえはその厚紙で出来ている安っぽいパンフレットを開いた。
中はさらに、酷かった。
手描きの乱雑で稚拙な字が並んでいる。しかもほとんどが平仮名だ。クレヨンで殴り書きした様な、ふざけたデザイン。おまけに希望ヶ峰学園らしきイラストが付いているが、お世辞にも幼稚園児以上の腕前だとさえ言えない。
内容は、こうだった。
『新しい新学期が始まりました。心機一転、これからは、この学園内がオマエラの新しい世界となります。』
―――これが、“あの”希望ヶ峰学園の入学案内書。
「……」
なまえはあくまで冷静に、それを見ていた。
「―――ねぇ、」
なまえは顎に当てていた手を離し、顔を上げる。枕を膝に抱えたままでいる石丸と目が合った。
「“新しい世界”とは……何の事だ?」
なまえは“嫌な予感”が胸を支配する。
表情は押し殺していたものの―――声を、押さえる事は出来ない。
その声に現れていた“不穏な気配”は伝染するかのように、石丸の表情を強張らせた。何かの病原菌の様に。
「それはきっと――そうか、今思えば、そう言う事だったのか……。」
ひとり合点が行った石丸は、グッと眉根を寄せ、堪える様に目を瞑った。
苦痛に耐える様な表情を、なまえは横目で見ている。
「“新しい世界”とは……この学園での生活を、意味するのだと思う。」
「―――ここでの生活は、無期限なんだろう?」
見事的中した言葉に、石丸はハッと目を見開いた。そして勢い良く、なまえへと顔を上げる。
「さらにここは封鎖されていて、外に出る事は叶わない。」
石丸の目に映るなまえの表情は先程と打って変わって―――落ち着いていた。
身を固めたまま動かない石丸を見て、なまえはため息と共に「正解なんだね」と“微笑”を浮かべた。
石丸はどこか、意識の片隅で、その微笑に畏怖を感じていた。
「な、何故―――」
「ただの勘。」
なまえは早口にそう答えた。
余りに、淡泊な声。
その横顔は冷めていて
何者も寄せ付けない、能面の様だった。
石丸が口を開くよりも早く、なまえは付け足す。
「―――先程体育館でモノクマが、僕に願いを要求しただろう?その際“ここから出してというお願いは聞き入れられない”“この中で叶えられること”という条件を出していた。それを参考に予測しただけさ。」
なまえは涼しい顔でそう言った。
先程の冷めた表情は錯覚だったのかと思う程に。
―――本当に、たったそれだけで導き出せる考えなのだろうか。
さらに状況は、異常なのだ。それにも拘らず……異常で非常識な条件を、たったこれしきの情報だけで的確に当てる事など出来るのだろうか。
しかし石丸は、疑念を抱くことなど出来なかった。
そうさせない何かが―――なまえにはあったのだ。
それは“ただの勘”という言葉を信じさせるものではない。むしろ威圧されるかの如く、疑う余地を持たせない“何か”だった。
「その……通りだ。ここは今完全に外の世界と閉ざされている。すぐそこの窓の様に、全ての窓に鉄板が打ちつけてあるのだ。」
石丸はゆっくりと、窓を指差した。なまえもそちらへ振り向く。
「玄関の扉も、全て―――。しかし、ここから出られる条件が、一つだけ与えられている。」
そこで石丸は、顔を伏せた。
石丸の、枕を掴んでいる拳が強く握られる。
寄せられた眉に閉じられた目に、苦悩の色が濃く現れている。
耐える様に、堪える様に。
肺に空気を送り込んで
静かに肩が、上下する。
「ここに居る誰かを、殺すことだっ……!」
強く食い縛られている歯の隙間から、絞り出すような声。
なまえは口を開きかけたが―――止めた。
もう少し詳しく聞こうとしたのだが、
「くっ……っ……」
固く閉じた瞼からじんわりと、睫へにじむ涙を見て、それ以上は聞かない事にしたのだ。
なまえは無言でポケットに手を入れると、ハンカチを取り出した。
「使う?」
素っ気ない声で尋ねるなまえに、石丸は右手を前に突き出した。無言のまま「否」と伝えては、左手の袖でゴシゴシと荒々しく目を拭う。
「うぅ、すまない……。」
石丸は軽く鼻を啜ると、切り替える様に息を吐いた。
その表情は先程よりも大分落ち着いているものの、遣る瀬無いように沈んでいるのは確かだった。
―――この、明らかに善人っぽい石丸は
きっと“誰かを殺す”という罪悪を想像することさえ困難なのだろう。
否、想像するだけでない。
それどころか口にすることさえ、ナイフで裂かれるような苦痛を伴うのだろう。
なまえはぼんやりと、頭の片隅でそんなことを思った。
否、そんな事よりも――
“この中に居る誰かを、殺す”
「……」
なまえは無言で
その言葉を何度も何度も脳に再生させた。
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最初の二人はちぐはぐな感じにしよう
と、思った結果―――でこぼこになった。
むしろガタガタ。