散弾銃

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「殺す、事……」


ポツリと呟いたなまえの声は
冷たく壁に跳ね返され、やがて消えた。

石丸は、消え入った声を静かに脳裏で聴く。
そして俯いたまま、その声に応えるかのように、気遣わしげな声で言葉を続けた。


「俄かには、その、信じがたいと思うが……」
「……」


なまえは何も言わない。
石丸は膝に置いている枕をじっと見下ろしたまま、弱弱しく口を開いては、閉じた。

余りに無言ななまえへ、心配の波が押し寄せる。

しかしどう励まして良いのか解らず、やがてそっと、瞼を閉じた。




―――きっと、
なまえ君はショックにぼんやりとしているのだ。
悲しいとか、腹立たしいとか、そういう理屈では無くて、ただぼんやりと、息をする。―――昨日の僕のように。
しかし
しかし、くよくよして居ては何も始まらないのだ。
励まさなくては。しかし……僕の声は、なまえ君の耳に届くだろうか?―――駄目だ、何を弱気になっている。僕がくよくよして居ては、励ませるものも励ませなくなってしまう。風紀委員としてここは、ここは僕が、しっかりしなくては。僕が……!

石丸はグッと枕を強く握ると、勢い良く顔を上げた。





「大丈夫だなまえ君!きっと打開策が――」
「寝る。」


石丸はピタリと、動きを止めた。


「え……?」
「僕は寝る」
「は!?」


思わず風紀委員としてあるまじき声が出た。
愕然として何か言いたげな表情をした石丸だが、なまえは構わず続ける。


「僕は疲れたんだ。」


石丸の膝から、「よいしょ」と枕を取る。


「……ちょ、ちょっと待ちたまえ!」


石丸がそれを阻止し、グイと枕を奪った。
どこか焦っているような仕草だ。


「き、君は今すぐにでも、皆に自己紹介をすべきだと―――」
「知らない。」


どうにか威厳を取り戻そうとしている様も、呆気無く一蹴。
虫でも払うかのような言い草に、石丸は軽く目を見開いた。驚いたのだ。しかしすぐさま、持ち前の優等生気質が騒いだ。石丸は眉を厳しく釣り上げ、また引き締まった声で返す。


「そうはいかない!これからの事を―――」


言いながら、手首を掴んだ。
その瞬間



「っ―――!」




なまえは酷く、痛がった。
刹那、捕まれた右手を庇うようにして、跳ねる様に上半身を起こす。
その手首には―――痛ましい、痣が覗く。


「!す、すまないっ!」


石丸は飛び退く様に素早く手を離す。動揺から心拍数が一気に上がった。


シン、と静寂が訪れる。


なまえは上半身を起こした姿勢のまま、黙っていた。痣のある右手首に左手を添えている。
石丸は煩い心臓にへどもどし、眼球だけをぎこちなく左右へ動かした。
やがて、少し落ち着いた頃に、窺う様にチラリと横目でなまえを見下ろした。
見下ろして―――ス、と身の力が抜けた。
石丸にはもう、おずおずとした様子が無い。

酷く、心配になったのだ。



もしかすると―――否、もしかしなくとも
ずっと、痛みがあったのか……?

しかし、
そんな素振りは、少しも感じなかった。
そう言えばなまえ君は、棺に入る前
一体、何をされていたのだ―――?

―――痛むのは、手首だけでない筈だ。

なまえ君は涼しい顔をしていたが……
―――本当は、


全身が痛むのではないか……?




石丸は眉を下げ、そっと身を屈めながら問いかける。


「痛む、のか……?」
「……」


なまえは何も答えず、顔も上げない。
石丸はそっと、なまえを見下ろした。
なまえを覗く表情は、弱弱しい。そして―――不安気だ。


「君は、何だか……」


石丸はポツリと、口にした。
独り言にも近い声。




見下ろす赤い目に映るのは
黒い手袋と白いワイシャツの僅かな隙間から覗く、手首。


浮き上がる鎖骨に


細い、項。



石丸は瞬きをした。

そして素直な表情のまま、口を開く。


「驚く程に、華奢だ―――」


その瞬間、
なまえの瞳が鋭い光を反射する。










「――失礼だぞ、お前」








石丸はゾッとした。
俯いたまま発せられた、突き刺す様な声。
その声は先程よりも……低かった。


「!いや、そんなつもりは……!」


大いに慌て、両手が騒がしい。
石丸はしばらく口をパクパクさせながら弁解し、忙しなく両手を動かしていたが――やがて、止まった。
そして、ため息。


「僕はどうにも、いけないな……」
「……?」


先程とは打って変わった落ち着いた声に、なまえは軽く顔を上げた。

しかし石丸はそれ以上言わず、片手を額に当てては左右に首を振った。


「いいや、気にしないでくれ。――ああそうだ、そういえば冷蔵庫に氷がある筈だ。」


思い出した様にパッと手を離し、石丸はそう言った。
そして「その……」と、ぎこちなくなまえを見下ろした。


「冷やした方が……良いだろう……?」


真っ向から顔を向けず、チラリと、横目で見下ろす。
窺うような表情は不安とぎこちなさが丸出しだ。
なまえは石丸と、目が合った。その瞬間


「―――ふふ、」
「!」


思わず、笑った。
石丸は驚いて、目を丸くする。


「ありがとう、とても助かるよ。」


ニコリと笑ったなまえに、石丸の表情は見る見る華やいでいった。
口角が上がり、頬はやんわりと紅潮さえしている。


―――嬉しいのだ。




「了解した!今すぐ持って来よう!それまで君は、ここで寝て居たまえッ!」


張りのある大声で言いながら、石丸は扉へと飛んで行った。
なまえは唖然とした様子で、その弾丸の様な後ろ姿を見ていた。


「石丸、か……」


ポツリと呟く。
そして―――笑った。








「……変な奴。」



























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犬っぽさ(自重)

   

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