散弾銃
□03
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「って、何突っ立ってんの?」
いつの間にやら、銃器をある程度片したなまえは、石丸の前でヒラヒラと手を振った。腰に手を当て、その表情は呆れとも無関心とも判断が付かない。
石丸はぼんやりと見つめていたが、ハッと突然覚醒した。
なまえは両手を腰に当て「ふん……?」と小首をかしげたが、やがて閃くと、ニヤリと笑った。
「何?僕に酔っちゃった?」
悪戯っぽい笑み。しかし悪戯っぽいというには、艶っぽい。石丸は「なっ!!」と硬直すると、眉を吊り上げた。その表情はじんわりと頬が赤いが、怒った表情と焦燥にかられた表情に酷似していた。
「じょ、冗談は良したまえッ!!」
「違った?」
「当然だ!」
「そうだよねー僕は男だからね」
なまえは鼻歌でも歌いそうな表情でハンドガンを眺めると、ぽいとベッドに投げた。
「大体君はッ!一々動作が―――浮世離れしているッ!!」
一度迷った様に言いよどんだ後、バシッと指を指す石丸。なまえは腕を組み、首を傾げる。
「浮世離れ?」
「なんというかその―――不潔だッ!!」
その瞬間、なまえはピクリとした。
「ふけつ……?」
なまえの口元は笑っているものの、不自然に強張っている。
痙攣する口角の上にある目は鋭い眼光を灯し、充血していると錯覚する程、力が籠っていた。なんというか……笑い飛ばすなど決して出来ない表情だ。
石丸は大いに動揺し、顔を蒼くする。
「あっ、否っ、不潔と言うのは語弊で―――その、ふしだらだっ!」
「ふしだら?」
その言葉もNGだったらしい。
「し、失礼したッ!」
石丸は姿勢よく硬直する。
「しかし、そう!つ、つまり―――つ、つつつ」
何を言いたいのかと、なまえは首を傾げた。毒気は消えている。
「つ……艶っぽい、というか……」
石丸は顔を赤くしながら、撃沈するかの如く俯いた。小さすぎるその声は蚊の鳴く様なもので、俯いた頭からは湯気が出ている。
“艶っぽい”なんて言葉、口にする事は造作も無い。
―――しかし、
石丸にとってはそうではないらしい。
なまえは訝り呆れる様な表情で、『大丈夫かこいつ』と石丸を覗き込む。
「これしきの事で非難されるなら、舞踏会なんて“不純異性行為”とやらに部類されるのかい?」
なまえはやれやれ、と肩を竦めた。
「そんな石丸が僕の住んでいた場所へ赴いた暁には、きっと白目剥いて泡吹いてついでに血を吐いて高熱にうなされ床を這いずり回り心臓病となり最終的に心臓発作で死ぬな。」
なまえはそう言って、無邪気に明るく笑った。発想が結構えげつない。
「そ、そんな言い草は……」
石丸はムッとなまえを睨んだ後、ため息を吐いた。そして再びハッとして、首を傾げながらなまえを見下ろす。忙しい。
「住んでいた場所?君の――」
「どこだっていいのさ、そんなもの。」
なまえは遮って、もう一つ持っていたハンドガンを弄んだ。
石丸は腑に落ちない表情でなまえを見下ろす。
なまえは全てをひらりと躱し、何一つ、自分と真面目に向き合っていない気がしたのだ。すべておどける様に交わされている気がする。
そんな石丸の視線に気付いたなまえは、
「―――じゃあさ、」
石丸の額に、敏捷な動きでハンドガンを向けた。
眉間の中央に銃口を向けられているため、視界が覆われなまえの表情は見えない。
「ここから遥か遠く離れた星。日本とは似ても似つかない南にある明るく陽気な所です、と言えば―――笑ってくれる?」
なまえは引き金を引いた。
カチン、と陳腐な音が響く。
なまえはス、と拳銃を下ろすと―――
「玩具だ。」
眉を下げ笑った。
その瞬間
「―――っ、」
何が起こったのか、なまえは一瞬理解出来なかった。
両肩に伸しかかった衝撃から神経を逸らし前へ目を向けた瞬間、気付いた。
なまえは石丸に、両肩を掴まれていたのだ。強く指が食い込み、なまえは少し片眉を顰める。
「……ああごめん、怒った?」
真剣な赤い瞳には、それでもニコリと笑うなまえが映る。
「止さないか、なまえ君」
「――は、」
「嫌なら嫌だと、そう素直に言えば良いじゃないか」
「なに……」
“何が”というたった三文字さえ
上手く発せなかった。
目に映る石丸は、怒った表情に似ていた。―――真剣なのだ。真剣な瞳は少し、潤んでいる。
なまえは硬直したまま、やはり上手く声が出せない。その瞳を交互に見る。それだけで精一杯だった。
「何かを問われたとき、言いたくないなら素直に“言いたくない”と言えばいいじゃないか。僕はなまえ君が嫌だと言うならそれ以上は聞かない!どうしてそう、誤魔化すように躱すのだ」
「……」
なまえは何も言わないまま、俯いてしまった。
そして口元だけで、嗤う。
「固すぎるんだ、石丸は。そんなんじゃ何か大きな衝撃が訪れた時、意図も容易く砕け散って粉々になるぞ。粉々になって、壊れるんだ。」
「壊れてしまうのは君の方だ!」
なまえは目を見開いた。
グッと痛い程に、肩を掴む力が籠められる。
「そんなにのらりくらりと全てを躱し、その場限りで誤魔化して居ては、本当に大切な事態が訪れた時―――対応出来ず、壊れてしまう。」
重みのある、声だった。
容易く得た言葉ではない。絞り出すような言葉。
まるで、そのような『人物』を実際に知っているかのような。
なまえは耳元で、何かが弾ける音を聞いた。同時に、目を見開く。
澄んだ瞳に映るのは、真剣な、石丸の表情。
眉は寄せられ、目が細められている。
耐えるよな、苦しいような―――願い、祈る様な。
―――何も知らない癖に。
そう一蹴してしまいたいのに。
その真剣な眼差しから、目が離せないでいた。
「……僕は、さ」
なまえは項垂れると、ポツリと呟いた。
口許が力なく微笑を浮かべている。
「不慣れなんだよ、そういうの。そういう意見とか、僕に対する―――態度とか。真正面から、そうやって―――まったく、慣れていないんだ。」
「……」
吶吶と言葉を零すなまえ。
掻き寄せ、拾い集め、迷い、悩み、厳選し、やっと口にし、言葉を繋げている。
石丸はなまえの肩を掴む手の、力を弱める。
「慣れていないから、きっと、僕も正直、どう対応したらいいのか解らない。」
なまえらしからぬ不器用な声に、石丸はじっと耳を傾ける。
「――癖、なのかもしれないね」
水面が揺れるような、小さく弱弱しい響き。
石丸の脳裏に、波紋が広がる。
「―――でもっ」
なまえは勢い良く、顔を上げた。
石丸の瞳に映るのは―――真剣で。
必死で、真っ直ぐに見つめる、なまえの瞳。
眉は寄せられ、下がっている。
形の良い唇はキュッと結ばれ、
瞳いっぱいに取り込まれた光は、少し揺れている。
幼く、純粋な
初めて見る
なまえの姿。
そんな、一瞬の―――
なまえ君の瞳は、こんなにも大きかったのかと
石丸は脳の片隅で思う。
「だからこそ」
なまえはふと、視線を下ろした。
代わりにス、と石丸の胸へと手を置く。
「努力、するよ。」
その瞬間、石丸の目が見開いた。
“努力”
その単語は、ある意味石丸の前で禁句だった。
何故なら……
「そうか……そうかそうかそうかッ!!!!」
「!?」
石丸に、スイッチが入ってしまうからだ。
「そうかそうか偉いぞなまえ君!!」
無駄に煌めく輝かしい瞳で見つめる石丸に、なまえは引き攣った。
さらに強く手を握られズイと身を寄せられたため、身を後方へ反らす。
「僕は努力する人間が大好きだ!!欠点を治そうと努力するなまえ君は偉い!!」
―――偉いとか言うな、図々しい。
普段ならそう返した筈のなまえも
「ハッハッハ!!!」
グシャグシャと頭を撫でられてしまえば何も言い返せない。この迫力に押され身動きが取れない状態でいるのだ。
「見直したぞなまえ君!!君は実に尊い!その調子で、日々精進したまえよ!!」
更には肩を組んで頭を撫でてくる。
―――密着じゃないか。
と、なまえは思う。
「先程まで『浮世離れ』だの『艶っぽい』だのとほざいていた癖に、これは良いのかよ、」となまえの表情が険しくなっていく。
……若干、その理屈はずれているようにも思う。しかしなまえが気付く由も無い。
「素直になる事は実に素晴らしい!可愛いなあなまえ君は!!」
一人愉快に笑い頭を撫で続ける石丸。
可愛い可愛いと言う石丸に―――なまえの表情が、険悪となった。
「いい加減にしろ!」
なまえはすばしっこい動作でその腕から離れる。
そして煩わしそうに乱れた髪を整えると、乱暴に石丸を見上げる。
「いいか、僕は決して“欠点”だとは思っていない!よって“改善”とも呼ばない!ただ……そう、石丸が指摘した様な一面も備えようとそれだけだッ!!」
険悪な表情の裏で、こっそりと動揺の汗が一筋流れている。
石丸はキョトンと瞬きをする。
なまえはハン、と鼻を鳴らした。
「お前こそ、その真っ直ぐで固過ぎる所をどうにかすべきなんじゃないのか?僕にだけ何かをさせようだなんて、無礼じゃない?」
例の如く顎を上げ、左の口角を歪めるなまえ。
「人に言う位なら自分も努力しろ!」
なまえは人差し指を突きつけながら、噛みつくように言った。
そんななまえに、石丸は―――
「照れる必要なんて無いのだぞ!!」
また頭を撫でる。
「何でそうなる!?おい!さっきこの僕に向かって偉そうに“真面目に向き合え”とか何とか言ってい―――止めろ触るなッ!撫でるなッ!!」
無駄に爽やかな石丸の笑顔の元、抵抗するなまえの姿はまるで――悪足掻きにしか見えなかった。
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石丸くん強し。
それにしても長かったですね。
お疲れ様です。