短編
□まるで勇者と魔王
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「もういいよ。一人で帰れるよ。」
相変わらずじっと俯いたままだったが、なまえはポツリと呟いた。
石丸は横目で、隣をとぼとぼと歩くなまえを見た。
「いいや!そうはいかないぞ。周りを見てみたまえ。」
石丸は腕を丸一本使い、辺りを指した。まるで舞台か何かの様に大袈裟な仕草だ。それとは相反し、なまえは一つ一つの動作が消極的だ。
見たまえ、と言われたところで視線一つ上げない。
石丸はフゥ、と大きくため息を吐いた。
「もっと姿勢を伸ばし、堂々と歩きたまえよ。そんなでは、全てにおいて卑屈に見えてしまうぞ。」
「全てにおいて卑屈なんだよ。」
なまえは怯む様子無く無愛想に返す。
しかし石丸は、さして気にしていないようだった。別になまえは、悪意あっての行為ではないと“知っている”からだ。石丸の挙動が、平素から大袈裟且つ機敏であるのと同じように、この消極的で鈍い動作はなまえにとって“普通”なのだ。
「て、いうか。」
なまえは俯いたまま、ピタリと足を止めた。
「一人で帰るってば。」
身体ごとこちらへ向けているなまえのその、低い位置にある脳天を石丸は見下ろす。
そして一歩、二歩、下がっては
「!」
覗き込んだ。
突然視界に赤い双眼が侵入し、なまえは両手で顔を隠しながら目を背ける。
「な、何っ急にっ」
「君は背が低いから、ああしないと見えないだろう?」
「……。見る必要が無いでしょ。」
「そんなことは無い!こういう時は目を見ることが大切だからな。」
「どこで知ったの。」
「本だ。」
「……」
まるで、無駄に自信が寄り添っているかのような声に、なまえは爪を爪で引っ掻く。
「人の目を勝手に見ようとするな。ずうずうしい。」
「君が同じ事ばかり言うからではないか」
「同じ事ずっと言ってるって判ってるじゃん。判ってるなら理解もしてよ」
「理解はしているぞ。理解をした上で君を家まで送るのだ。」
なまえは長い長い前髪の隙間から、少しだけ前を見た。石丸の制服の、ネクタイが見える。見えたところで、さっさと歩き出した。
「―――時間は有効に使えよ、石丸。」
暗い暗い夜道に、なまえの声が消え行った。
石丸は街灯の数をを数えていた手をふと止めて
なまえを見下ろす。
「使っているじゃないか。」
石丸が今、口を開いて、続けるであろう言葉。
“女の子がどうの”“風紀委員として”
それから
“自分に出来る事は何々”“困った人には云々”
それが手に取る様にありありと
安易に想像出来たなまえは
少し足を速める。
「君こそ、時間は有効に使っているのか?」
「使ってるよ煩いな。」
少し足を速めたところで歩幅の小さいなまえ。石丸は直ぐに追いついた。何も言わないなまえに、石丸は続ける。
「本当か?僕にはそう思えないぞ。何故なら、あぁなまえ君、時計は持っているか?持っていないならほら。少し暗いが、見えたか?もうこんなに遅い時間だ。それなのに―――どうして、遠回りをしているのだ?」
よく喋る。
なまえは、腕時計をグイグイと差し出す石丸の腕を無表情で退ける。
「遠回りする事が有効だからだよ。」
石丸が首を傾げるよりも早く、なまえはピタリと足を止めた。
石丸が一歩踏み出した所で、やや前のめりになりながら止まる。そして踏み出した足を戻す。
戻せばいつの間にか、なまえが目の前に立っていた。
「解る?意味。遠回りする事が有効な理由。解んないよね。解んないでしょ。」
スラスラと流暢にそう言ったなまえに
石丸は言葉を挿む余裕も無くたじろいだ。「あ」やら「え」等が辛うじて咽から聞こえたが、言葉になる事は無い。
「教えてあげようか」
ザリ、と一歩、なまえが歩み寄った。
前髪から覗く唇は―――柔らかく、弧を描いている。
―――笑っている。微笑んでいる。
石丸はピリ、と身が硬直した。
その緊張は、微笑みらしき口許に対してだけではない。
……距離が、近いのだ。
「あのね、有効な理由は―――」
なまえはチラリと上目使いで、石丸を見上げた。
視線がぶつかる。
瞳を見上げている。
目を合わせている。
「―――石丸とこうして、一緒に居たいからだよ……」
石丸は呼吸さえ、停止した。
見開いた目が動揺に揺れる。
「……なんて、」
なまえは小さく呟くと
「っ、」
ドン、と
思い切り、石丸を突き飛ばした。
その細い腕のどこにそんな力があるのかと疑う程に、強く。
石丸は後ろに大きく尻餅をついた。
「言うとでも思ったの?」
石丸は目を見開いたまま、なまえを見上げた。
なまえは俯いていた。
俯いた姿勢で、石丸を見下ろしていた。
視線がぶつかる。
瞳を見下している。
目を合わせている。
―――蔑んだ目で。
「あの公園に用があるだけ。」
なまえはさっさと踵を反し、再び歩き出した。
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―――すみませんでした(土下座)
以下、多分使わない設定↓
例えるならば勇者と魔王の様な関係。
勇者の卵と魔王の卵のような。
―――しかし!
この世界には勇者も魔王も必要なかったのだ。