散弾銃

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「あ、なまえ君だ!」


厨房からお皿を運んでいた朝比奈は、ピョンと飛び跳ね元気になまえに手を振る。

案の定手に持っていた皿を落としかけ、大神が慌てて後ろから皿を支える。

そんな様子になまえは心の中で苦笑し、挨拶に軽く手を上げた。


「あー、来たのかよお前ー」
「君が急げと言ったんだろう?桑田怜恩」


「まあ、そうだけどよー……」と桑田は頬を膨らましながら口を尖らせる。
桑田は、なまえが舞園に好意を寄せていると知ってどこか敵対視しているようだ。好意とは言っても無論恋愛感情では無い事を、桑田が理解しているのかは怪しい。


「そう言えばお前……その……」


歯切れの悪い桑田に、なまえは少し目を丸くしながら目を向ける。そしてふと、微笑を浮かべた。


「頭は打ったけど、別に怪我はしていないよ。―――石丸のお陰で。」


突然なまえに名を呼ばれた石丸は、ビクリと姿勢を正した。
そして目を閉じながら大きく咳払いをする。


「それに、仮に怪我をしたとしても食堂へは這ってでも来たよ。」
「?」


桑田は首を傾げる。


「―――舞園君の手料理だ。こんなチャンス、僕がみすみす逃すと思う?」


なまえは椅子を引きながらサラリと言ってのけた。そして机に両肘を付いて顔の前で組むと、「ねぇ、舞園君?」と舞園を見上げた。席に着いていた舞園は、突然の事に驚く。


「えっ!?あ、ありがとう、ございます……」


照れる様に前髪を撫でる舞園。なまえは「……可愛い。」と頬が緩んだ。
そんな二人を桑田は、引き攣りながら交互に見る。
そして動揺したようになまえを睨み「テメェ!」スプーンで指した。
なまえは「はしたないなぁ桑田。」綺麗に眉根を寄せる。それでも様になっている辺りが、桑田にとって酷く癪だった。


「な、なんだと!」
「君に吠えられたからと言ったって、僕は引かないからね。……舞園ちゃんの可愛さ嘗めるなよ。」


何をどう嘗めているのか良く解らない。
なまえは挑発するように、桑田を流し目で捕える。


「あ!!またそう言う発言……!お前それ、狙って言ってんだろ!本人の前だからって!」
「別に。僕は君みたいに軽々しくない。だからそういった計算は出来ないんだ」
「あー!このアホ!アホアホ!!」
「何?アポ?」
「ア・ホ!!」
「止さないか二人とも!ここは食事をする場であって、喧嘩をする場ではないのだ!」
「イインチョは黙ってろ!」
「そうだ黙っていろよ石丸ー風紀が乱れる」


なまえは言っている事が滅茶苦茶だ。その証拠に、首尾一貫してからかう様な目をしている。そして口調の割に、どこかふざけている様に口角を上げている。


「そんなことより!早く食べようよ!」


朝比奈は周りに花を咲かせながら、うきうきした様子で提案する。両手を軽く握っている様子は、どこか犬の様だ。


「うむ、そろそろ皆で“頂きます”を……と、言いたい所なんだが……」


石丸は困ったように、チラリと視線を向けた。その先には、空席となっている十神の席。なまえは同じように視線を向けた後、フと笑った。


「放っておけよ、あんな奴」


石丸は目を丸くして、なまえを見た。

なまえは―――笑っていた。

その表情は皮肉めいているというよりは、純粋なものに見える。
石丸は「し、しかし……」と言いよどんで、もう一度なまえを見た。なまえは目を伏せて、口を開く。


「良いんだよ。少しくらいひもじい思いをする方が、あいつには丁度良いのさ。むしろお似合いだ。」


左の口角がニヤリと歪む。
影のある表情で微笑を浮かべたなまえ。そのどこか美しい物の怖ろしい表情に、苗木は恐る恐る尋ねた。


「なまえ君って……十神君の事、嫌いなの?」


なまえは目を伏せたまま「ああ、」と言うと、隣に座る苗木に顔を向けた。


「大っ嫌いだね。」


冷や汗を流すかもと思っていた苗木は……少し、拍子抜けした。

その笑みは相変わらずどこか影があったものの、単に“影がある笑み”が作られたものに見えたからだ。歯の覗く弧を描いた唇に、毒は無い様に―――つまり、本気で笑っているように見えた。


「……でもまあ、」


なまえは椅子立ち上がると、空席である十神の席へと移動した。そしてそこに一応置いてあった、十神の食事を手に取る。


「僕は優しい人だから、食事を運んでくるよ。」
「ま、待ちたまえ」


突然手を伸ばした石丸に、なまえは振り返った。
石丸は我に返ったようにハッとする。
なまえに伸びた腕や、こちらを見ているなまえ自身。


「い、いや……その……」


石丸は気まずそうに言いよどんだ後、グッとなまえへ顔を上げた。


「その役は僕が引き受けよう!」
「なんで?」


“なんで?”
そう返されて、今度こそ石丸は言葉を詰まらせた。


この場を仕切る者として―――


そう言いかけたが、
どうしてもしっくり来なかった。


「もしかして、『この場を仕切る者として、面倒を見る責任が云々』とか?」
「あ、あぁ……」


なまえに返した
まるで肯定するかのような相槌。

石丸はなまえを、真っ直ぐに見つめることが出来なかった。


「石丸は、どこまでも面倒見が良いんだね」


なまえは微笑んだ。
石丸は黙ったまま……うつむく。


「いいよ。先程も言った様に、僕は『優しい人』なんだ。だから僕が持っていく。」


なまえはそう残すと、食堂を去った。
石丸はその背へ何か言いかけたが――声高々に号令をかけた朝比奈に掻き消されてしまった。

























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