散弾銃

□02
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「……」


いくらインターホンを押しても、一向に反応が無い。

なまえは目を半分伏せた後、インターホンへ口を寄せる。


「ね―――」


『ねェ、何白切ってんの』
そう発言しようと口を開いた瞬間、突然扉が開いた。台詞はほんの一瞬で途切れる。


「最初から名乗れ……!」


なまえの声だと理解した瞬間扉を開いた十神は、眉を寄せながらなまえを見下ろしていた。それにしても理解するまでが早い。
睨みつける十神に、なまえはパチリと瞬きをした。そして―――クイと口角を歪める。


「あれれ?もしかして僕だと最初から判っていたなら、さっさと開いてくれたんだ?」
「――!」


ニヤリと笑うなまえに、十神は息を詰まらせる。
そして片眉をヒクヒクと動かしたが―――諦めた様に、ため息を吐いた。


「お前のそう言う所が癪なんだ。……さっさと入れ。」


ため息交じりにそう吐きながら、扉を片手で支えたまま目を伏せる。「お邪魔します」と軽い調子で言いながら、なまえはするり、十神と扉の狭い隙間を抜けた。



なまえは部屋へ入った瞬間、
パチリと瞬きをした。









―――何この、待遇の違い。







十神の部屋は皆と同じ寮室である癖に、高級感が漂っていた。

ベッドや机、椅子、棚……壁紙や絨毯、細部に渡るまで質の良い物だったのだ。実際どれ程のものが使われているのかは不明だが、少なくともなまえや石丸の部屋よりは良質の家具が使われているように思えた。


なまえはグルリと瞳だけで見渡していたが――
ふと、ある一点で止まった。
瞬きすらしない。


「で。お前のその手に持っているものは何だ」
「あ、うん。カレー。これあげる。白夜の夕飯ね。」


明かに上の空だった。
なまえは十神へ視線を移さないどころか、相変わらず一点を見詰め寸分も視線を動かさない。そして上の空で返事をしながらフラフラとテーブルへ寄ると、雑な仕草でお盆を置いた。
反動で人参が皿から飛び出る。


「おい……!」
「僕は役目を果たしたぞ。それじゃ―――僕は寝るっ」
「!?」


突然ベッドへダイブしたなまえに、十神は目を丸くした。


「おい!人様のベッドへ―――」
「白夜っ!フカフカ……!」


シーツから顔を上げたなまえ。その表情を見て、十神は思わずピタリと止まった。

なまえの目が……とても輝いていた。
そして、興奮しているのか言動が無邪気だ。


「……フカフカなのは否定しない。だがな、せめて靴を脱げ」
「ちゃんとシーツに付けてない」
「そういう問題じゃない!」
「今動けないんだ。このシーツ接着剤が付いている」
「頭の悪い嘘を吐くな!」
「わかったよもう。じゃあ正直に言うと面倒臭い。」
「……」


十神は片眉を歪めなまえを見下ろしていた。
数秒間見下ろして―――やがて、舌打ちをする。

十神はツカツカとなまえの元へ寄ると、ぶっきら棒になまえの靴を脱がせた。やけくそにも見える。
なまえは素早くシーツに潜ると、顔だけを出す。


「ねぇ白夜」


十神は一応靴を揃えながらなまえを見下ろす。「今度は何だ」と眉が寄っている。


「僕と部屋を交換しない?」


十神は「は?」と訝しげな視線を寄越した後、なまえの靴を置いて目の前の椅子に座った。革張りの黒い椅子に深く腰掛け足を組む。


「……断る」
「断る」
「!?」
「拒否権は無いよ。だって僕の部屋、悪趣味なんだ。」
「……」


―――いや、知った事ではない。


十神は肘置きに肘を付く。


「貴様の部屋が悪趣味だろうと俺に関係ないだろう。」
「じゃあ同居か」


十神は咽る。


「馬鹿を言うな……!」
「嫌なら―――あ。」


なまえはふと、テーブルに置いたカレーを見た。


「食べないの?あれ」
「俺が食う訳ないだろう。あんな庶民的なもの。」
「あれは普通のカレーじゃない。舞園君の手料理だ!」
「知った事か。そんなの俺には関係ない。」
「可愛いのに」
「知らん」


口を尖らせながら言うなまえに、十神は呆れながら言った。


「食べないなら、どうするんだ?空腹のまま死ぬ?」
「少しは頭を使いながら喋れ。そんな理由で死ぬ訳が無いだろう」
「じゃあ―――」
「お前が作れ」
「……は、」


なまえは微かに、目を見開いた。
十神は腕を組むと、なまえを見下ろす。


「お前にだって料理位は出来るだろう。むしろ得意なんじゃないのか?」
「ま、さか。ハッ、僕は精々、お茶漬け程度で精一杯さ。」
「じゃあそれを作るんだな」
「……う、」


サラリと言った十神に、なまえは言葉を詰まらせた。
なまえは切り替える様に「ハン」と鼻で笑った。


「十神白夜がお茶漬け?それは凄く滑稽だね。」
「そうかもしれんな。」
「……」


なまえは再び、息を詰まらせた。
計算上では十神に諦めさせるつもりであったのに、一向に上手くいかない。
十神は勝ち誇ったように目を伏せ、口角を歪めた。


「どうやら作る気になったようだな。」


喉の奥で笑う十神に、なまえはうつ伏せに寝ころんだまま肘を付く。










「―――ついでに自分の分も作るといい。どうせ食べずに来たのだろう?」









その言葉に、なまえは目を丸くした。
十神は腕を組んだまま、なまえを見下ろした。


「間抜けな顔」
「なっ、」


なまえは口を一直線に結び、十神から視線を外す。


「あの仕切りたがりの……石丸、か。夕飯へ誘う為に奴が部屋を訪れてからそう時間は経って居ない。そのことを頭に置いておけば、なまえが何も食していない事などすぐに判る。」
「……いちいち説明するな。」


なまえは腕に口を埋めたまま、くぐもった声で呟いた。


「いいか、もう一度言う。俺はカレーなど食べない。お前が作れ。」
「あーはいはい。白夜様には敵いません。」


十神はフンと鼻を鳴らした。
機嫌が好さそうだ。












「―――と、言うとでも思ったか。この愚れ者め!」
「な……!」


『愚れ者』と言われ十神は目を丸くした。


「おい、さっきから偉そうな口を聞くな。俺を誰だと思っている。」
「誰だろうとお偉いさんだと、僕には関係ない。例え、諸事万端に関係する事だとしても」


そこでなまえは、視線を上げた。
十神の瞳に、なまえの瞳が映る。







「だって―――そうでしょ?」







その言葉に、十神はゆっくりと目を丸くした。

視線を向ければ、なまえと視線がぶつかる。

なまえは肘を付いて十神を見上げ―――にっこりと、笑った。





無邪気な笑みや、崩れた口調。
昔の面影を、重ねずにはいられなかった。





「……チッ。」


十神は大きく舌打ちをする。












「お前に出会ったことが……俺の人生における、唯一の汚点だ。」
「おや偶然!―――僕もだ。」














なまえは、笑った。





























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十神君の部屋に人参が落ちる話。
改め、
十神君が少し優しいお話。


十神君はどうやら
なまえさんに手を焼いているのかもしれない。

  

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