散弾銃

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外の世界から完全に遮断、隔離されたこの場所には、時計すら無い。
窓が無い故に日時計や空模様から時を伺う事さえ出来ず、あるのは午前7時と午後10時を知らせる校内放送と、直観あるいは体内時計のみだった。

その二つによると今は午後10時を数分過ぎた頃らしい。

ここ、寄宿舎の廊下は相変わらず、悪趣味で不気味な赤いライトに照らされていた。夜だからと言って、光が弱められることは無い。そんな不健康な明かりの元、



「「あ。」」



ばったり出会ったのは、桑田となまえだった。
曲がり角で出会った二人は少しぶつかりそうになる。


「やあ。僕に対し露骨な嫉妬心と対抗意識を燃やしている桑田君ではないか。」
「うっせぇ!!」


両手を軽く広げたなまえを、桑田は跳ねのける様に一喝する。


「つかさ。お前、こんな時間に何してんだよ。良い子は寝る時間だぜ。」
「そう言う君だって」
「俺は良い子じゃねーから良いんだよ!」


言ってる事が小学生だな、となまえは思った。
桑田は何か思い出した様に「あ」と小さく声を漏らすと、腕を組んだ。


「そう言えば、10時以降は出歩き禁止じゃなかったっけ?」


桑田は首を傾げ、宙を見上げる。そのまま少し唸って、やがてなまえに向き合った。なまえは桑田を見上げる。


「僕の電子生徒手帳には、そんな事一言も書いていなかったけど?」
「それはだって―――そっか。あん時お前居なかったもんな。」


桑田は頭を掻いた。


「なーんかよ、こんな状況じゃいつ殺されるか解ったもんじゃねーからって、午後10時以降は出歩き禁止ってルールをセレスが作ったんだ。イインチョ辺りから聞いてねーの?」
「さあ……初耳だと思う。」


なまえは軽く顎に手を添え、思案顔で俯いた。そんなもっともらしい表情をしているが


―――実は、知っていた上で惚けていた。


ここで正直に「知っていました」なんて答えてしまうと、出歩いていた理由を聞かれるに違いない。そうなってしまえば、面倒臭い事になる。「自分の部屋の鍵が壊れている為、少し見回りをしていました」と馬鹿正直に答える訳にも行かない為、誤魔化さなくてはならないからだ。このように無駄な労力を小さな嘘で使わずに済むのなら、となまえは造作も無く嘘を吐いたのだ。


「鍵さえ壊れて居なければ、こんな面倒な事をせずに済んだのになあ」となまえはため息を吐いた。そんななまえを、桑田は小首を傾げて見下ろす。

なまえは少しの間目を伏せていたかと思うと、


「――ねェ、」


不意に桑田を見上げた。
フワリと一歩近づき、なまえの髪が小さく靡く。


「一つ、いいかな?」


落ち着いた、低音。
その表情はどこか、悪戯っぽさが潜んでいた。
長い睫がゆっくりと開き、その瞳に桑田が映る。


桑田は小さく、動揺した。


「な、なんだよ」
「君は―――何か、勘違いしてない?」
「勘、違い……?」
「うん。」


なまえは目を細めて唇で弧を描くと、スと身を引いた。
その瞬間、桑田は自分が呼吸を忘れていたことに気付く。


「僕は確かに、舞園さんが好きだ。でも別に、それは恋愛感情ではないよ。」


その言葉に、桑田はパチリと瞬きをした。なまえは軽く息を吐きながら、同時に髪を払った。


「応援しているし、ある意味尊敬もしている。でも、それは別に、“恋心”を抱いている訳でもなければ“ある種の憧れ”を抱いているわけでも無い。」


桑田はポカンと呆けた表情のまま、今度は数度瞬きをし、腕を組んだ。そして宙を見上げては片目を瞑り、唸りながら首を捻っている。相当考えている様な顔だ。


「何?じゃあ……友情的な?おいおいマジかよ。え、でもよ……男女に友情なんて成立すんのか?」
「……そういう論文、あった気がする」


想像以上にやたら首を捻っている桑田へ、なまえは内心閉口していた。それでも一応、当たり障りのない事を返している。


「マジかよ。成立しねぇに決まってんのにな!!」
「……、」


こいつ駄目だ。

さぞ愉快そうに屈託なく笑顔を浮かべた桑田に、なまえは確信した。こいつは駄目だと。


「え?でもなまえは……じゃあ、恋愛感情なんてこれっぽっちもねーんだ?」
「うん、その通りだよ。因みに未来で抱く予定も無い。」
「ふーん……?」


桑田は、嬉しさと疑問の雑じった複雑な表情で言った。
なまえが舞園を狙っていない事は嬉しいが、『恋愛感情を含まない好意』というものが、解せないでいるのだ。


「それに―――さ。僕なんかよりも……君の方が、舞園君に相応しいよ」
「え―――!?」


桑田は、大きく目を丸くした。
容姿や地位、品や知性も優れていそうだと踏んだ相手から言われ、大いに驚いたのだ。


「だって、そうだろう?華やかで輝かしい二人。しっかり者の舞園君に、良い意味で単純な桑田。」


なまえは二コリと、微笑んだ。





「それって、お似合いじゃない?」





桑田はその微笑みから、目が離せないでいた。
そのまま、見詰める。

やがて小さく開いた口が徐々に閉じ、さらにゆっくりと、口角が上がって行く。


「なまえ……!」


やがて瞳が潤んでいったかと思うと、頬を染めながら舞い上がる様に輝いた表情となった。

なまえに向けられたその嬉しそうな表情は、もはや好意の塊でしかない。









―――ちょろいな。





なまえは笑顔の裏で、ほくそ笑んだ。

たった今口にしたあからさまなお世辞は、100%が建前である訳ではないにしても……そのほくそ笑む様子からほんの僅かな善意も帳消しにされるレベルだ。


なまえの腹黒さなど露知れず、桑田は純粋に喜んではなまえの両手を握った。突然の事によろけたなまえに、桑田はさらに顔を寄せた。瞳が眩しい。



「俺、勘違いしてた!お前すっげー良い奴だな……!」
「え、あ、あぁ」
「最初はよ、なんだコイツって思ったんだ!だって舞園ちゃんに色目ばっか使うし、ムカつくけどサマになってたし!でも!!んなの勘違いだった!ごめんな、俺悪い事しちゃってよ」
「い、いや――」
「悪かったって、仲直り!なっ!!」
「……」





―――ちょ、ちょろ過ぎないか?




ほんの少し煽てただけだ。
そこには偽善や世辞も含まれていた。
なのに―――
なのに。


なまえは密かに焦点をずらしながら、あまりに純粋すぎる視線や己の罪悪感から目を逸らした。










ジーザスッ……!










胸内で、密かに助けを求めながら。










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根は良い人な気がする桑田君。



          

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