散弾銃

□01
1ページ/1ページ


ヨーロッパの街並みは美しい。
広く降り注ぐ太陽が暖色の煉瓦を照らし、温かい。何処からともなく聞こえてくる人々の話し声や歌声、バイオリンやマンドリンの音が掻き混ざり、美しい音楽となって風に攫われる。

何世紀も変わらない石畳の坂を昇った先、煉瓦に腰掛ける少女が居た。振り返ればオレンジ色の息を呑むような景色を一望出来るというのに、少女はそんな景色へ背を向け俯いている。短めの黒髪が、視線と一緒に地面へ落ちている。

コツリ、という踵の音と共に少女の視界が陰る。


「やあ、こんにちは。浮かぬ表情のお嬢さん?」


突然声を掛けられて、少女はゆるゆると視線を上げる。
そばかすのある顔を上へ向け
そして、目を丸くした。


「どう?驚いた?」


手を差し出されたかと思うと、突如薔薇が現れたからだ。
切れ長の目が、丸くなっている。


「僕は魔法使い……なんてね。」


あはは、と笑いながら手渡された薔薇を、少女はぎこちなく受け取る。


「ねぇお嬢さん。君は―――」



































「あッ、鍵を掛けないとは!!」
「ッ!?」


突然の大声に、なまえは目を見開いた。
目に映るのは悪趣味な部屋。
背後からは――


「不用心だぞ、なまえ君!吃驚するではないか!!」


その足音と大声に、なまえは反射的に上半身を起こす。そして一瞬の隙も無い敏捷な動きで布団を胸まで上げると、扉の前へと目を向ける。
目に映るのは案の定、石丸の姿。


「……インターホン押す前に開けようとする方が吃驚だよ。」
「うむ……癖かもしれんな……」
「(癖って何だよ)」
「ところでなまえ君!グッドモーニンッだぞ!」
「……」
「む!挨拶はどう――」
「あーはいはいおはようございますー」


小言を一つ二つ残しそうな石丸へ、なまえは半分目蓋を伏せ乾いた声で返す。


「で?僕はまだ、眠いんだけど。」


なまえは冷静な顔つきを保ちながらも、チラリと胸の事を気にする。そこは掛布団で隠されているものの、その下は余りに無防備だった。いつ降り掛かるか知れたものではない災難の為に、一応胸を潰すサポートは付けているものの……緩めていたのだ。


今ここで、布団から出る事は出来ない。


なまえはもう一度寝転がると、さり気なく布団を肩までかぶる。背を向ける様に寝返りを打ってしまったなまえに、石丸は口をへの字に曲げた。


「まったく君という奴は!」
「僕は疲れているんだ。」
「しかし規則正しい生活は必須だぞ!」


石丸はなまえのベッドへと一歩足を進める。
その掛布団へと手を伸ばした、その瞬間――






「それ以上近付くな。」






鋭い声に、思わず石丸は手を止めた。


「さっきから図々しいぞ。僕にかまうな。」
「そ……」


冷たく言い放ったなまえに、石丸は伸ばしかけた手を引っ込める。


「……」


なまえは背後で、しょぼくれてしまった気配をありありと感じた。
なまえは目を閉じて、布団へ少し潜った。潜った所で―――


な……何これ。何だこの苦痛。


大いに焦っていた。


くっそう……


性別を明かしてしまわぬようにと必死になっていた故に、つい言い過ぎたのだ。
なまえは居心地悪そうに、ぐぬぬと眉を歪めた。
背後で項垂れているであろう石丸へじわじわと追い詰められている。


「……」


なまえはチラリと、振り返った。
石丸は少しだけ、ビクリとした。
そんな反応に、なまえは心臓を針で刺された錯覚に陥る。


「あー……その……」


なまえは少し唸っては、布団を口元までかぶった。大きく視線をそらす。


「す、少しだけ言い過ぎた……かもしれないっていうか」
「―――いいんだ、なまえ君。」


石丸は目を瞑って、顔を背ける。
脳裏には、ふと
体育館より運んできたばかりの、あの弱っていたなまえの姿を浮かべていた。


なまえ君は弱った姿を見せるのが大嫌いだと言っていた。
それにもかかわらず……僕は再び、彼の嫌う事をしてしまった。なまえ君はきっと、昨日の傷がまだ癒えていないのかもしれない。癒えていない所へ無遠慮にも足を運んだ僕は―――なんて愚かなのだろう。

こうしている間にも、なまえ君は無理をしているのだろうか?

無理をしていたとしても、決して口にしないだろう。

ああ、僕は―――








「すまない……」
「(……ぁぁあああ!!)」


目じりに薄らと涙まで滲ませているこの素直すぎる石丸を目の前にしたなまえは、今すぐ枕を引き裂いて羽毛をまき散らしたい衝動に駆られた。
なまえは大いに冷や汗を流しながら、口角を引き攣らせている。これでも最大限に抑えているつもり故、なまえの乱れ具合は結構なものらしい。


「い、いや!そんなこと―――」
「ぐっ……僕は何て奴なんだ。思い返せばあまりに無礼じゃないか……疲れている所を大声で起こした上に、さらに布団まで剥ぎ取ろうだなんて……」
「だからっ!!」


なまえは思わず、ガバリと起き上がった。起き上がって、顔を蒼くする。




布団が剥がれてしまった。




しかしなまえは―――


「ッりゃ!」


石丸がこちらへ顔を向けるよりも早く、枕をその顔面へ投げつけた。


「なっ!?」


視界を奪われた石丸は体制が崩れよろける。そこへ鋭い視線を向け飛びつくと、なまえはすかさずベッドシーツ諸共覆いかぶさる。


「な、何をするのだ!?おい、なまえく―――ん!?」


石丸を地面へ押し倒したなまえは、勢い良くその両手を足で踏み自由を奪った。そして素早く自分の背へと手を潜らせると、サポーターを調整し胸を締め付けた。


「ハッ、お前が悪いんだからな……」


等と意味不明な事を口にしながら、なまえは口角を歪めた。なまえは石丸へ跨ったまま、軽く押し付ける様に石丸の上で跳ねた。「ぐ、ぅぅ……」という、石丸の苦しそうな声が漏れる。
なまえは石丸の上で軽く体を倒しながら、その顔へかぶさったシーツを退ける。
目を固く瞑り眉まで寄せていた石丸は、冷や汗を残したままうっすらと目を開けた。ぼやけたなまえの輪郭が、はっきりと映り始めた時


「とてもスリリングな朝を、ありがとう。」


なまえはにこりと、笑った。下ろしている髪が揺れ、サラリと靡く。
石丸は彫刻の様に固まったまま、見下ろすなまえを目に映していた。
目を軽く見開いたまま口を堅く閉ざし、息を詰まらせる。


「で。朝から何の用?」


なまえは石丸の胸へ片手をついて左側へ両足が揃う様体制を整えると、足を組んだ。そして首を横へ向け、石丸を見おろす。石丸の上から退くという選択肢は無いのか疑問だ。
石丸は降参をする様なポーズのまま、硬直していた。指先までピシっと伸ばされている。


「う、む。実は、朝食会について、だな」


動揺したままなのか、言葉がぎこちなかった。
否、単に腹部に腰を下ろされているため苦しいのかもしれない。
どちらにせよなまえは、そんな石丸を気遣う様子はない。


「朝食会?」
「ああ。その前に―――」
「それで?朝食会って何だ?」
「う……うむ、」


なまえはしれっと、言葉を切る。それがまるで当然かのような態度に、石丸は押され気味で口を開く。


「僕は昨夜、ずっと考えていたんだ。この状況下、僕らはもっと固く協力し合うべきだと。」


なまえは自分の太腿へ肘をつき、その手に顎を乗せている。そして前を向いたまま、耳を傾けていた。


「そこで、だ。これから毎朝、起床時間後に、皆で朝食を共にし、よう、と思う。」


石丸は少し、苦しそうな声となっている。
なまえは瞳だけで、石丸を見降ろした。


「そこで、“朝食会”なんだ?」
「あぁ。そして今日をその記念すべき最初の日にするのだ。だからなまえ君も呼びに……ところで、なまえ君。」
「何?」
「その……そろそろ降りてくれると、助かるのだが……」
「嫌だ。」
「……」


即答したなまえへ、石丸は困惑した視線を向ける。しかしなまえはまるっきり無視して、こちらへ目を向ける気配さえ無い。やがてなまえは、「だって、」と口を開く。


「これはお礼なんだ」
「は……?」
「お礼。そうだろう?」


石丸は上手く声が出せず、硬直したまま瞬きをした。ぎこちない喉を使い、石丸が何かを口にするよりも先に


「―――ふふ、」
「!」


クスリと笑ったなまえへ、石丸はその赤い瞳を向ける。









「これでお相子さ。」








にっ、と悪戯っぽく笑ったなまえに。
石丸は


「…………そう、か。」


見開いた目を向けたまま、
同意とも受け取れる声でやはりぎこちなく頷いた。












-----------
石丸「(……ところでいつ退けてくれるのだろう)」










狼狽えては硬直し驚いたまま目を軽く見開いている石丸君って素敵ですよね(マジキチスマイ(ry

はいすみませんでした。


           

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ