散弾銃

□02
1ページ/1ページ



朝食会の会場となる食堂には、時間差はあったものの既に全員が揃っていた。
……ただ、一人を除いて。

苗木はチラリと、隣の席へ目を向けた。空席となっているそこは


「(なまえ君―――)」


なまえの席だった。


野暮用があると言ってフラリと去ってしまったなまえ君は、一体何をしているんだろう。いや、それよりも―――


苗木はチラリと、そのさらに隣の席へ目を向ける。
そこには、腕を組んだまま目を閉じ、じっと動かない石丸の姿。


ううう……石丸君怒ってるんじゃないかな……

それでも何も言わず――鋼の忍耐、とでも言うのかな――じっと何も言わない所が逆に怖いよ。心なしかヒリヒリする気がする。早く来ないかな、なまえ君。なまえく―――






「やあ」





その声に、苗木はパッと顔を上げた。


「遅れてごめんね?」
「なまえく―――」
「遅い!」


苗木が浮かべた安堵の声は、いとも容易く掻き消されてしまった。
苗木はビクついて声の主である石丸の方を見る。石丸は眉を吊り上げて、なまえを真っ直ぐに見ている。


「遅いではないか!皆とっくに集まっているぞ!」
「悪かったって」


なまえは口ではそう謝罪しているものの、どこか涼しく受け流している様に見えた。椅子を引いて隣に腰を下ろすなまえを見ながら、苗木はそんな印象を受け苦笑した。
そして小声で、なまえにそっと耳打ちする。


「用は済んだ?」
「まあ……ね。」


なまえは曖昧に言いながら、目を伏せたまま軽く微笑む。
苗木はそんななまえから目を逸らし、俯いた。そしてモジモジと頬を掻きながら「そうなんだ」と言った。その表情はどこか、照れているのを押さえた様にも見える。


「でも――思ったよりも、早かったかも」
「うん?」
「戻るのがさ。」
「―――ああ、」


なまえは頷くと、少し視線を上げた。



「モノクマに、邪魔をされたからね」
「えっ?」


ニヤリと口角を上げたなまえに、苗木は思わずパッと顔を上げた。


「モノクマ?それって、どういう――、っ」


そこで苗木は、言葉を切った。
意図的ではない。

なまえにそっと、口へ指を押し当てられたのだ。
驚いて大きく瞬きをする苗木から、なまえはチラリと目を逸らす。苗木はその視線を思わず追って、そして納得した。

視線の先には石丸の姿。

「そうか、朝食会だった」と漸く思い出したのだ。


「よーし、皆集まったな!では、早速朝食会を始めるとしようかッ!」


石丸は両手を机に付くと、スッと立ち上がった。なまえは横目で見上げる。


「諸君、わざわざ集まってくれてありがとう!!」
「断ったのに、オメーが無理矢理、連れてきたんじゃん……」


口を尖らせながら不平を言う桑田の声は、石丸の耳に届かない。


「さっきも話したと思うが……ここから脱出する為には、僕等が一層互いに協力し合う事が必要不可欠だ!その第一歩として、仲間同士の信頼を築き上げる為の朝食会を開催する事と相成った!これからは、朝の起床を知らせる校内放送後、この食堂に集まるように、よろしく頼むぞ!!」


まるで演説だな、となまえは思う。

それにしてもまあ……よくもこう、スラスラと堅苦しい言葉が浮かぶものだと、なまえは素直に感心した。流石は風紀委員、それも超高校級。こういう場には慣れているのだろう……そんな事を思いながら、なまえは横目で、ふと石丸を見上げた。
熱い眼差しや引き締まった口元、スっと鼻筋の通った横顔は凛々しく精悍だった。


「では、さっそく朝食を頂くとしようではないかッ!」


その言葉に、腐川はもじもじと指を合わせた。そしてじんわりと、頬を薄桃色に染めていく。


「他人と朝食を食べるの……?き、緊張するわ……そんなの初めてよ……」
「久ぶりですらねーんだ……」


皆とは離れた席でボソリと呟いた腐川に、桑田は引き攣った。


「ねぇ、そんな事よりさ……あれから手掛かりを掴んだヤツはいないの?」


江ノ島の言葉に、食堂が静まりかえった。
シーンという擬音が響き渡る。


「マジで!?なんも進展なしッ!?」


江ノ島は思い切り言い放つと、ギッと眉を寄せた。頬には一筋の冷や汗が浮かんでいる。


「犯人に関してでも、逃げ道に関してでもいいから、誰か、なんかないのッ!?」
「……死にますわよ。」


凍て付く様な声が、鋭く響いた。

声の主であるセレスは、能面のような無表情にただ赤い目を微かに見開いていた。
人形の様に生気のない表情に、誰しもが不気味さを感じる。

江ノ島は引きつったまま、その赤い目を見返した。


「……は?」
「他人の前で弱みを見せているようですと……あなた死にますわよ……」


気圧されたように息を呑んだ江ノ島だが、振り払う様に体制を整え、セレスを睨み返す。


「ア、アンタ何言ってんの!?死ぬとか……ふざけないでっ!!」


セレスは打って変わって、にっこりと小気味の良い笑みを浮かべ、上品に小首を傾げた。


「言いましたわよね?“適応力こそ生命力である”と……」


その言葉に、なまえはふと視線を上げた。そして正面を向いたまま苗木に顔を寄せ、次に視線を、その横顔へと向ける。


「そんな事を言っていたの?」
「!」


突然聞こえた、なまえの小声。耳打ちをされた苗木は、少し驚いてなまえを見た。


「う、うん。」


そう答える苗木は―――どこか、嬉しそうだ。
初対面で“殴るぞ”と言われて以降、嫌われていたらどうしようかと、密かに危惧していたのだ。
そんな相手から親しげに、それも耳打ちという閉鎖的な行為を受ける事は、どこか、胸が躍ったのだ。そしてなまえと同様、小声で返す。


「昨日、なまえ君が居ない時に言っていたんだ。確か―――」
「君達!私語は慎むべきだぞ!」


しかし呆気なく、再び掻き消されてしまった。
小声とはいえ威圧感に溢れる石丸の声に、苗木は苦笑しながらも落胆した。


「相変わらず融通が利かないな、石丸」


なまえはため息とともにそう言った。そしてニヤリと口角を上げ、瞼を伏せて石丸を見た。石丸は頭にクエスチョンマークを浮かべる。


「杓子定規じゃその内早死にするよ?それに、これは僕にとって重大な話なのに」
「そ、そうなのか?」
「うん。ねぇ、苗木君?」
「えっ!?」
「今から何か、重大な話をしてくれようとしたんだよね?」
「えぇ!?」
「それは本当かっ!?」
「いや―――いやいやいや」



「―――そこ。」



鋭いセレスの声に、コソコソ話していた三人はピタリと固まった。


「よろしいですか。」


疑問文ですらない。
射殺すような赤い視線に、三人は冷や汗を浮かべ押し黙った。

















-------
セレスさん怖し。





        

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ