散弾銃

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視聴覚室へ向かう階段へ向かう途中、なまえは軽く眉間に皺を寄せた。不快な耳鳴りに襲われたのだ。

分かっている。こういうときは


「……」


眩暈に襲われたなまえは、グラリと歪んだ視界にあわせ膝に手を付いた。しばらくその姿勢で目を閉じた後、額に手を当てため息をついた。


―――いつもこうだ。
予知……というのだろうか。
それらしきものを覚えた後はこうして、常に不快な耳鳴りと眩暈に襲われる。

これは予知によって引き起こされるものなのだろう……と、なまえはあまり考えたくなかった。たとえその因果関係を読む方が理にかなうとしても、なまえはその考えにどこか気に入らないものを感じるらしかった。

なまえは軽くため息を吐くと、食堂を見た。そしてそのまま、水を飲むべく足を進めた。



***



なまえは口に軽く水を含んだところで


「なまえ君!!」


その大声に大いに目を丸くした。危うく吹き出しそうになった水を慌てて胃に押しこめる代りに、咽た。


「ごほっ……い、石丸……」


どうしてここに、と
振り返りながらそう口にしたところで、再びギョッと目を丸くする。そこには柳眉を逆立てさらに肩を怒らせながら、ツカツカと歩み寄る石丸の姿。


「今まで一体どこに行っていたのだ!!」
「え?どこって、江ノ島君を運んで……」
「そうではない!」


いつも以上に声の荒い石丸に、なまえは押され気味で顔を上げる。


―――こいつは、怒っているのか?


「江ノ島君の部屋には行ったぞ!しかし君の姿は見えなかった。だから倉庫やお手洗い、さらには一階の隅々まで探したが一度も見なかったぞ!」


……それは
お前の探す場所が悪いだけじゃないか。


「一度も見なかったぞ、じゃない。僕は直接食堂に向かっただけだ。」


なまえは呆れとも呼べる苦い顔で石丸に告げた。石丸はじっとなまえを見ている。例の表情のままのため、なまえはほんの一瞬視線を泳がせた。


「何っ……?」
「いや何も無いけど、」
「では、何処にも行っていないのだな」


行ってねぇよ


「何か変わったことは」


何もねぇよ


なまえは無言のまま胸内で呟いたが、石丸には伝わったらしかった。石丸は独り、数度頷いたかと思うと。



「!」


ギュッと、なまえの手を取った。
そして深い、安堵の溜息を吐いていている。なまえは目を丸くしてその様子を見上げていたが。


「……」


ほんの一瞬、なまえの口許がニヤリと笑った。
何かを思いついた、悪魔の様な表情。

次の瞬間、なまえは



「ぁ……」


額に手の甲を当て、クラリとふらついた。
弱々しく瞳を伏せながらよろめく姿は、どこか儚さを連想させる。
そして



「―――!」












トン、と
石丸の胸に身を寄せた。

















「なまえ、君……?」


からかってやろう。
なまえは押し付けた額にぎこちなさを感じては、口角を一瞬歪めた。そして再び、か細い声で囁く。


「あぁ、ごめん、」


なまえはか細い吐息を漏らす


「少し眩暈が―――、っ」


なまえは途中で、言葉を詰まらせた。
石丸がグッと両肩を掴むと、顔を覗き込んだのだ。
しかし言葉を詰まらせたのは、その所為ではない。
石丸が―――












「なまえ君っ―――!」














不安と心配に、何だか泣きそうな顔でなまえを見ていたのだ。
なまえは少し、動けないでいた。そして目をそらし、地面に視線を泳がせる。



「あ、えっと……ごめん、でももう、何ともない、っていう、か」


石丸はなまえが全てを言い終えない内に、ぎゅっと抱きしめた。


「い、石丸っ……?」
「何ともないのだな?」
「え……う、ん。まったく。」


石丸はぐっと、固く目を瞑った。
















「よかった……」















その、囁くように掠れた声。
胸の底から絞り出すような安堵の声は、涙を含んでいた。


後頭部にまわされた大きな手は、なまえの頭をぐっと胸に押し付ける。開いたもう一つの手はなまえの華奢な肩を包み込み、痛いくらいに抱きしめている。


「……」


なまえは困惑して、瞳で石丸を見上げた。
そして微かに漏れるすすり泣きに、視線を泳がせる。

照れるとか心配するとか
そういう次元ではないのだろう。
それもまた致し方ないことなのかもしれない。
なぜなら石丸は、先程
危うく人の死を見る所だったのだ。
それも理不尽に訪れる、人の死を。

なまえは視線を落とした。

なまえにとってはまだ耐えきれる事柄であったとしても、石丸にとってそうとは限らないのだ。
その状況を考えれば流石に度が過ぎたかもしれない、となまえは思う。


「ごめん、」


その言葉に、石丸は首を振った。



















「君が無事なら、何でも良い」















その瞬間、なまえの頭が白くなった。
味わったことのない感覚になまえは困惑する。
刹那、なまえの中で思考が変化する。
“君が無事なら”という言葉が強くに胸に残り、妙に意識してしまうのだ。


「……、」


抱きしめる力は痛みを感じる程だった。
痛く、強く……あたたかい。
感じた事のない感覚。


「(……、)」


痛く強く……あたたかい。
必死さと、力強さと、頼もしさと、脆さ。
そして―――“大切なもの”を抱きしめるような


“僕を”
“大切”、に


味わったことのない感覚。
なまえはぎこちなく目を見開いたまま自然と、その石丸の背に腕を回した。
弱々しくゆっくりと伸ばしては、小さく、本当に小さく学ランを握る。
するとさらに強く、抱きしめられた。


なまえはじんわりと、胸に“違和感”を感じた。
決して不快なわけではない。しかし、落ち着かない。


「(……なんか、)」


何故その背に腕を回したのか、自分でも理解が出来ない。
抱きしめられる体温に、
頬が熱くなっていくのを感じる。


「(……)」


チラリと石丸を見上げた瞬間、ゴッと顔が真っ赤になった。
なまえはそんな自分に、目を見開く。

その表情に焦燥が現れ、瞳はぐるぐると渦を巻いていた。


「う、うわぁっ!」
「!?」


なまえは突然、勢い良く石丸を突き飛ばした。
石丸はほんの少しよろけたが、その程度にとどまった。なまえの力はひょろりと弱かったのだ。


「なまえ君……?」


石丸の目に映るなまえは、両頬を紅潮させていた。目を軽く見開いたまま、ぎこちなくその頬に触れている


「あ……あれっ……?」


なまえは両頬を覆うと、ぎこちなく視線を落とした。


「なんか……」


その様子に、石丸は不安を覚える。ただでさえ空気とか読めない石丸は、そのぎこちなさが体調不良によるものと思えるという勘違いを起こしていたのだ。


「(何だ、一体何なんだ、)」


狼狽えるなまえに歩み寄ると、石丸はその細い手首を握った。


「大丈夫か……?」
「!!」


眉を下げた視線とぶつかり、なまえは再び赤くなった。反射的に、開いた手の甲を口に押し付けている。
近い。

目の前に立ち顔を覗き込む石丸は、その双眼いっぱいになまえの顔を映す程近かった。
必死で純粋、力強く一生懸命で真っ直ぐな視線。

なまえは心配そうな石丸に赤くなったまま冷や汗まで流している。ぎこちなく口角をヒクつかせたが、やがて目を伏せると平常心を掻き集めた。


「だ……大丈夫だ。僕は何ともない」


なまえは石丸の手を振りほどくと、トン、と胸を押した。


「しかし顔が……」
「僕は生まれつき、水を大量に飲むと顔が赤くなる質なのさ」
「……本当か?」
「ああ、本当さ。」


なまえは前髪を整える。その様子は誤魔化したい心情がありありと現れているように思える。


「解ったなら、行くぞ、」


踵を反した瞬間、グラリと後ろに傾いた。
振り返れば―――手を、握られている。



「なっ……」
「こうでもしないと、また消えられては困るからな」


真っ直ぐな視線に、なまえは息を詰まらせる。
再び動けなくなった。

なまえは掃うように頭を振ると、反抗的に眉を上げる


「だ、だからそれはお前が―――」


探す場所が悪くて下手くそだから、と
口にしたはずがごにょごにょと消え入ってしまった。


本格的に、まいってしまう。


「……もういい。好きにしろ。」


なまえは咳払いをすると、ため息を吐いた。


「わかったらさっさと行くぞ」


なまえはそう残すと、石丸に繋がれたてを握り返すこともせずさっさと歩き出した。
開いた手の甲を口に押し当て、赤い顔を抑えながら。






























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逆転した空間。

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