散弾銃

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「なまえ君!」


自室に戻ろうとしたところ突然呼び止められ、なまえは振り返った。そこには


「苗木、誠」


苗木が立っていた。苗木はなまえに名を呼ばれ、途端にたどたどしくなる。己を平凡だと思っている苗木にとってなまえは、浮き世離れした存在なのだ。
何?と首をかしげたときの、声、小首の角度、サラリと揺れる髪、そして――微笑。
どこをとっても優雅で美しく、苗木は少し赤くなった。


「あ、えっと……これ。なまえ君のものかな、って」


そう言って手帳を差し出した。そこにはなまえの名が記されている。


「中を見たり――していないよね?」


なまえは先ほどの微笑を浮かべていた者とは同一人物だと思えないほどに、鋭い視線で苗木を射した。
苗木は冷や水を浴びたかのように背筋が凍り付く。


「ま、まさかっ……!勿論、そんなことはして――」
「ぷ」
「えっ……?」
「あははっ……!」


顔を上げれば、なまえが口許に手を当てて笑っている。少し前屈みになっているその表情は、無邪気そのものだった。


「ごめんごめん、君を見ていると……なんだか、からかいたくなるんだよ」


悪いね、苗木君?
そう微笑んだなまえは、本当に悪びれているのか。苗木は困ったような、けれども拗ねたいような気持ちになった。


「そうだ。お礼に飲み物を用意しよう。お茶でもしない?」


雲の上にいるような存在のなまえにお誘いを受けて、苗木は高揚した。
二つ返事をすると、二人は食堂へ向かった。


***


「麦茶で良いなんて、君は本当に欲が無いね」
「あはは……欲が無いと言うよりは、思いつかなかったんだ」


ボクは本当に凡人だなあ、と苗木は苦笑し頬を搔く。


なまえは苗木から見て斜めの位置に腰を下ろす。
苗木は緊張しながらお茶を一口飲んだ。


「そんなに畏まらなくても良いのに」


なまえは少し眉を下げながら、苗木に微笑んだ。


「え!あ、ごめん。つい……。なんていうか、なまえ君が隣にいるって、ボクにとっては不思議なんだ」


なまえは紅茶を一口含みながら、横目で苗木を見る。それにしてもなまえさん、自分だけちゃっかり紅茶を飲んでいる。


「なんていうか……なまえ君って、テレビでしか見たこと無くて。しかも、容姿端麗で、ボクなんかが横に並んで良いのか判らないくらい美人だし、才能もあって……」
「才能、ねぇ……」


なまえはしばし中を見上げた後、再び苗木へと視線を投じる。


「だけど君、この学園に入学したと言うことは、君も何かしらの”才能”があるんだろう?」
「いや……それが……」


苗木は気まずそうに、苦笑する。


「ボクは抽選で選ばれただけなんだ。」
「抽選?」


なまえはやや目を丸くする。


「そうなんだ。どうやら全国の平均的な学生の中から1名だけ抽選して、その選ばれた学生を”超高校級の幸運”として入学許可を与えるみたいなんだ。”超高校級の幸運”なんて仰々しい名前で呼ばれるけど……単に”運”がよかっただけなんだ」
「”運”、ねえ……」
「はは、だからボクは、皆みたいにすばらしい業績や才能があるわけじゃないんだよ」
「でもこの学園は、そこに”才能”を見いだし、それを信じて疑わない」
「え……?」






「まったく、狂っているね」







「なまえ、君……?」
低く吐き捨てたなまえに、苗木はやや困惑した。口を開き駆けた瞬間――



「まあ、僕を崇拝するのは自由だけど、そんなに畏まらなくて良いよ」


普段通りの表情のなまえに、苗木は開いた口を閉じた。


「大きく括ってしまえば、僕も君も同じヒト科じゃないか。」
「ヒ、ヒト科……」


た、確かにそうだけど……
スケールが大きすぎてピンと来ていない苗木。そこでなまえは顎に手を添えた。


「んー……じゃあ、こういうのはどうだろう?君と僕は、同じ病院で生まれる。そしてなんと、偶然にも家が隣同士なのさ。そして僕の両親はそう目立たない、平凡な仕事をしている。そうして僕は、君と同じ幼稚園に通う。家が隣同士ということで、一緒に登園し、一緒に遊ぶ」


苗木は想像する。
なまえの容姿が桁違いに美しい、ということを除けばどのシーンも何となく想像できた。一緒のバスに乗り、お遊戯会等で出し物をし、ご飯を食べたり、遠足へ行ったりする。


「そして小学校も同じ場所へ入学する。家が隣同士だし、幼い時を同じくして仲良くなった僕らは、毎日のように遊んだり、家に招いたり招かれたり、日常も退屈も喜びも、様々なことを共有するのさ」


苗木はなんとなく、夏祭りを想像した。
無邪気だった小学生の頃。わずかなお小遣いで、何を買うか何を遊ぶか真剣に考えて、けれども最後は誘惑に負ける。その隣で――なまえが同じように楽しんでいる。


「中学校も勿論同じところへ入学する。僕はほんの少し手品が得意で、テレビに出たり、どこかの劇場などへ行ったりする。そしてまあ、モテたりもする」


苗木は、なまえが羨望のまなざしや黄色い声援を受ける場面を安易に想像できた。いくら同じ小学校、中学校だとしても、なまえは目立つだろう。


「そう、僕は目立つ。」


思っていたことを言われ、苗木はどきりと心臓が跳ねた。


「そうなったら……君は、僕を敬遠するかい?」
「えっ……」


苗木は想像する。
同じ場所で生まれ、育ち、一緒にご飯を食べ、遊び、共有し、日常の一部と化したなまえ。そんな彼を――僕は、”僕とは違う世界の住人”と言い切れるだろうか。



「しない……と思う」


その答えに、なまえは苗木を見た。
苗木も顔を上げ、なまえを見る。その瞳は真剣だった。


「敬遠なんて、しないと思う。……確かに、羨んだり、ちょっと寂しくなったりするかもしれないけれど……」
「じゃあ、どうして?」
「だって……同じ、人間だから」












「はははっ」
「へっ?」


突然笑ったなまえに、苗木は目を丸くした。


「そう……同じ人間なんだよ。たとえそこに、どんな学歴や血筋や国籍があったとしてもね」


なまえはふふ、と微笑んだ。
苗木は――意外に思った。
なまえはもっと、――悪い言葉を使うなら――高慢で、”平凡”と呼ばれるような人々を軽んじていると思ったからだ。
しかしそれは、
自分の持つ劣等感がそう思わせていただけなのかもしれない。


「ごめん……なまえ君。僕はどうしても、”なまえ君は違う世界の住人なんだ”という気がして……差別されているんじゃ無いかと思っていたんだ。」


苗木は俯く。


「だけど……差別していたのは、僕の方だったんだ」


まるで雨に濡れた子犬を彷彿とさせる苗木。
その落ち込み用を横目に、なまえは紅茶を飲む。


「あ、あのさあ、なまえ君……」
「何だい?」
「その……僕で良かったら、その……」


なまえは、もじもじとする苗木を見下ろしながら、紅茶を置く。
苗木は少し大きな声で「あのっ」と行ったかと思うと、ス、と手を差し出した。


「ボ、ボクと、友達になってくれないかなっ……」


なまえはキョトンと瞬きをする。
苗木はグッと両目を堅くつぶって、手を差し出したまま硬直していた。
もう片方の手は、膝の上で強く握られている。

なまえはしばしその様子を眺めていたが、ふと、微笑んだ。


「それじゃあまるで、異性への告白じゃないか」


えっ、と顔を上げた苗木の顔を、なまえは指さす。


「顔、真っ赤。」
「〜っ!!」


苗木は茹で蛸のように顔を赤くさせると、思わず両手で頬を覆った。


「それに、友達って、”友達になりましょう”といってなるものじゃ無いんじゃないかな」


なまえは机に肘をつくと、へらりとした口調で苗木に言った。
苗木は先ほどまでの自分の姿をありありと思い出し、困窮するほどに羞恥の念に駆られていた。


「う、ううううん、そ、そうだよね」


苗木は目尾泳がせた後に俯いて、「ボ、ボクちょっとおかしかったかな」と恥ずかしそうに後頭部を搔いた。呼吸が浅い。


「えっと、さっきのことは忘れて!やっぱり僕、おかし――」
「そうはさせないよ」


なまえは素早く苗木の手を取ると、ズイと顔を寄せた。


「君は確かに言ったよね?僕に”友達になってほしい”と……」


硝子玉の様な双眼が苗木の瞳を捕らえる。
紅を引いたかのように赤い唇が、緩やかな弧を描いている。

その妖艶な笑みに、苗木は先ほどとは違う意味で顔を赤くする。


「う、うん」
「じゃあ――僕も、そうしてほしいな」
「!」


苗木は目を丸くした。遠回りに断られる可能性を少しでも考えていたからだ。


「う、うん!なまえ君が、いいなら、ボク……なまえ君の、友達になるよっ」


なまえは苗木を見た。
純粋で、素朴で、どこまでも、澄んでいる。


「……」


なまえはそっと微笑むと、握っていた手をそっと離す。そしてゆっくりと、姿勢を正す。


「……”友達になってほしい”なんて、」


なまえは思い出す。
黄色い声援や、崇拝するかのような視線、もしくは、酔いしれた視線や、熱のこもった視線、損得勘定、自己陶酔。


「……」


苗木の純粋な瞳とは、真逆のそれら。


「……君は変わっているね、僕と友達になりたいなんて。」


なまえの瞳が一瞬陰った。しかしそれは目をこらしていても気づかないほどのものであり、当然苗木は気づきもしなかった。


「ありがとう。苗木。今日から君と僕は、友達さ。」


にっこりとした笑顔を向けられて、
苗木はこの上なく、うれしく思った。










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なまえさんは案外孤独なのかもしれませんね。
そんななまえさんにとって、平凡という名の純粋な世界で育った苗木君は癒やしとなるかもしれません。




           


             

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