散弾銃
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「ねえ、なまえ君」
苗木は未だ頬をやや紅潮させたまま、なまえを呼びかけた。
「何だい?」
「いや、手帳を持ち歩くなんて珍しいかなって。」
「確かに、珍しいかもね」
自分のことなのに否定しないんだ、と苗木は少し驚いた。
「じゃあ、なんで持ち歩いているの?」
「これかい?在学中に言われたんだよ」
なまえは思い出す。
『なまえ君!君の成績は著しく低下しているぞ!』
『そもそも君にはメモの習慣がなさ過ぎるのだ!』
『メモは大切だぞ!大事なことを忘れないようにすることもできるし、崇高な言葉を何度も読み返したりもできるからな!』
「まったく、お節介だよね」
「誰に言われたの?先生?」
「いや、それは―――」
そこでなまえは、ハッとした。
一体、誰に言われたんだ……?
突然、勢い良く立ち上がったなまえを、苗木は不安げに見上げる。
なまえは硬直したまま、目を見開いていた。その表情は、こわばっている。
それに、一体どこの学校で言われたんだ……?
”在学中に言われたんだよ”
確かに僕は、そう言った。
しかし――僕は日本の学校には行っていなかった筈だ。
なのに、思い出す言葉は日本語だった。
一体どういうことだ……?
僕は何かを、忘れて――――
「うっ……!」
突然襲った頭痛に、なまえはふらついた。
「なまえ君!」
苗木が慌ててなまえを支える。
「だ、大丈夫……?」
抱き留めた苗木は、不安そうになまえを見る。
「あ、ああ、ごめん。ちょっと頭痛がしただけさ」
そう言って、なまえは苗木から離れ椅子に座った。
苗木は心配そうになまえを見ながら、同じように椅子へと腰を下ろす。
なまえは再びメモ帳を見つめると、適当にページを開いた。
「”光を与えれば人は自ずと道を見つける――ダンテ“……だって」
「ダンテって、イタリアの詩人の?」
「そうみたいだね」
「なまえ君って、詩とか興味あるんだ?」
「全然」
あまりにサッパリとした口調だったため、苗木はやや息を詰まらせた。
「じゃあどうして、メモしてるんだろう……」
「さあ。僕にもさっぱりだね」
「違う人に書かれたとか?」
「それは無いよ。これは確かに、僕の筆跡だ。」
なまえは手帳を仕舞うと、サッパリといった様子で両手を挙げた。
***
なまえは自室の扉を閉めた後、例の手帳を見つめていた。
黒の、シンプルな手帳。確かに、なまえが手に取りそうなものだ。
しかしなまえは、いつ購入したのか思い出せなかった。
ただ、確実なのは――高校へ入学する以前には、手に入れていないということ。
それだけではない、先ほど思い出した叱咤の言葉も、詩人の言葉をメモしたという事実も、高校――希望ヶ峰学園――へ入学する以前には身に覚えが無いと言うこと。
その事実から導かれる答えは、
なまえは記憶喪失になっているということ。
さらには、架空の時を架空の空間で過ごしていたということ。
“記憶喪失”
荒唐無稽な話だが、そう考えれば辻褄が、合う。
「……」
なまえは無言のまま、ただまっすぐに前を睨んでいた。
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きくおつそうし