× Shark

□オオカミ少年
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『会いたい』――。
本文にはその四文字だけが綺麗に並んでいた。
いつのメールの返信を使ったのか、件名には突然のRe:。
遙はしばらく考えてから指を動かし送信ボタンを押した。
傍らの携帯の画面が光ったと同時に飛びついた凛の表情が嬉しそうに綻ぶ。
文面を見れば素っ気ない言葉で『知らない。勝手にしろ』と書いてあった。
悪戯っぽく笑った赤い目に白く光る液晶がくっきりと映り込む。

『本気だと思った?ハルのばーか』
『別に。勝手にすればって言っただけ。会いたいなら来ればいいし、電話したいならすればいい』
『誰が電話なんかするかよ。俺はもう寝るの。その前にちょっとハルのこと思い出したからメールしただけだし』
『そうか。じゃあ、おやすみ凛』
『おう、ハルも早く寝ろよ』

普段あまり携帯をこまめにチェックしない遙は何往復もするメールにうんざりしながら最後の文面を受け取った。
まだ10時前なのにもう寝るのかと寮の消灯時間に幼稚園のお昼寝タイムを重ねて無理やり寝かされる凛を想像しながら携帯を置いて椅子から立ち上がる。
やる事はまだたくさん残っていたが、ベッドに身を投げると眠気が襲ってきて危うく落ちてしまいそうだった。
そんな遙とは逆にまったく眠くならない凛は同室の似鳥が実家に帰っているのをいいことに、ベッドの下の段で小さな明かりを点けたまま雑誌のページを捲っていた。
クラスのやつらが回し読みしていた本が、たまたま凛の手に渡ってきたものだ。
表紙では何やらとても少ない布面積の女性が際どいポーズでこちらに向かって笑いかけている。
いわゆるエロ本というやつだった。
高二ということはおろか、二月生まれの凛はまだ16歳だし、そもそも遙と友人以上の関係になってからはこういうものに対する興味が一切なくなっていて、手に取ったのは何ヶ月ぶりだろう。
読むでもなくただぼんやりと眺めながら「やっぱりつまんねえな…」と呟いた凛の手がピタリと止まった。
黒髪のツインテールが佇むプールサイドの写真。
見開きの左側にはその女の子の顔がアップで写されていた。
思わず本を閉じて目を瞬かせる。
一瞬のうちに最高速に達した動悸と呼吸が凛の同様を明白に物語っていた。

「い、今の…」

震える指で表紙を捲り恐る恐るページを開く。
さっきの黒髪と目が合って、ギクリと固まった凛の指先は可哀相なくらいに真っ白だった。

「ハル、に…似てる…」

掠れた声で呟き頭の横で揺れるツインテールを無意識に指で隠してみる。
自爆した凛は本を投げ捨てて布団を頭から被ると暗闇に向かって訳のわからない言葉を発した。
もし彼が上段でこれをやっていたのならきっと床が抜けていただろうというくらいジタバタと大きく左右へ転がり最終的にはそのままベッドから転がり落ちて床の上でゴロゴロする。
荒い息を吐いてなんとかベッドへよじ登り身体を横たえた凛は例のブツをベッドの下へ押し込み再び頭から布団を被った。
狭苦しい中で呼吸を整えて布団を足で跳ね飛ばす。
汗ばんだ額に手を当てて「馬鹿みてぇだぞ、お前」と自分に言い聞かせたのは、自分の身体に起こった変化に気付いてしまったからだった。
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