宵闇と私の一週間
□6日目
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「烏さん、薄くなってない?」
「え?」
ここに来てちょうど一週間が経った頃だった。名無しさんが湯呑みにお茶を注ぎな徐ろに僕にそう告げた。
「そう言われてみれば……そうかもね」
ははは、と軽口笑いながら洗濯物を畳むのは最早日課になっていた。
はじめの頃は馴染のなかったこのエプロンと運動着も何だかんだでやっと愛着が沸き始めたところだった。
「帰っちゃうの?」
「どうだろう…僕もここに来た理由はさっぱりだから……」
そっか、と妙な聞き分けの良さに眉を顰めた。
寂しいって顔に出てるのに、絶対に口にはしない。
多分名前を聞かない理由もいつか来るであろう別れのせいだろう。
年に似つかわしくない理解の良さが変に気に触った。
「いいの?」
「何が?」
「僕が帰っちゃっても」
「帰んないでって言ったら、ここにいてくれるの?」
僕の問に初めて感情をあらわにした。
それは悲しみとか寂しさとかではなく、怒りを含んだものだった。
「連れて行ってって言ったら、連れて行ってってくれるの?」
「そんなの……」
「離れないでって言ったら………ずっと抱き締めててくれるの?」
消え入りそうな声。
以前話していた誰かを失う事への異常なまでの恐怖心。
あぁ、このまま何事もなかったかの様に消えればよかった。こんなこと詮索したりしなければ少なからずは僕の内にあるこの何とも言いがたい感情に気付かされることもなかっただろう。
「宝物庫の鍵、開けておいたよ」
「そう」
「……」
こちらへ向けられた背中に一瞬手を伸ばしかけたけれど、それをしたところでどうにもならないことは互いに僕が一番わかっていた。
そっと立ち上がって、玄関へ向かった。
マットの上に鎮座していた風呂敷を広げると、僕がこの世界に来た時に着ていた法衣と草履が入っていた。
多分名無しさんは全てを悟っていたんだと思う。
もしかしたら僕は彼女の寂しさを埋める為に経文に呼ばれ……何も出来ずに帰っていくことになったのかもしれない。
「……」
風呂敷を小脇に抱え、宝物庫へ向い歩き出す。
平凡でつまらないありがちな日常世界に未練はなかった。
自分が現れたであろう大きい箱に身体を沈めると、瞬く間にそれは光を放った。
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