短編A

□押しても引いても駄目なら
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「ちょっ……八戒!?」

「どうしたんですか?改めてフルネームで呼んだりして」

「違う!その猪じゃなくて……ってそうじゃないの!!」


腰に回されていた手をバシッと音が鳴るほど叩き、繋がれていた手を強引に解いた。


「人前でそう言う事するのは……」

「ですから……今晩は二人部屋を取っているじゃありませんか」


少しの色気を含ませながら吐息と供に耳元で囁かれた。
擽ったさに手を耳に当てて塞いだが、まだ熱がこもっている感覚が取れない。

いつもの爽やかな笑顔が今は逆に恐怖の対象で、悪びれもせずいけしゃあしゃあと言ってのけるものだから、誰も部屋割りに文句は言えない。


「一週間です」

「……はい。なにが?」

「なにが?、じゃありませんよ。貴方に触れられなかった日数です」

「……っ…」

「たった一週間。されど一週間!野宿の間に僕がどれだけ……」


そこまで言って大きくため息を吐きながら言葉を切った八戒は私を腕の中に収めた。


片手に抱えていたの紙袋が音を立てて地面に落ち、中身が袋から顔を出す。


「八戒…人が…」


ここは町の大通り。
誰が見ていたっておかしくはない。白昼堂々とこんな……


「八戒、あの…やっぱり……」

「はい」

「え?」


後ろから回された腕を両手でギュっと握りながらそっと目を開くと、目の前には爪楊枝に刺さったたこ焼きが私の視界を占拠した。

ほわほわと鰹節が揺れて美味しそうに香り立つ湯気が食欲を誘う。


「食べないんですか?」


何かされるんじゃないかな…と淡い期待を抱いていた自分が恥ずかしくなり、誤魔化す様に大声で答えた。


「食べる!」


あーんと口を大きく開きたこ焼きを口に入れる寸前、ニヤケ顔でこちらを観てきた街人と目が合い、ここが大通りの中心だという事を思い出した。


「…ッやっぱ自分で食べるから」

「それは残念ですね」


私の心情を知ってか知らずか……クスリッと笑い私に差し出したたこ焼きを自分の口に放り込んだ。

横目で八戒をちらりと見ると、爪楊枝に刺さったたこ焼きを今度は口にではなく手に爪楊枝を持たせる様に渡してくれた。

少し寂しさを感じたが、恋愛初心者の私には再びあーんをして欲しいなんてお強請りは予想以上にハードルが高く論外だった。


「美味しかったですね、たこ焼き。次は何を食べ……」

「こ、これなら……他の人に気付かれないと思う……んだけど」


私から離れて次の露店へ向かおうとする八戒の小指に自分の小指を絡ませた。

手を繋ぐのはまだ照れるし、腕を絡ませるなんてもっての外。
でも、先程叩いてしまった手はいまだに少しだ赤くなっているし、強引に手を解いたのも私だ。

絡ませた小指を眺めて少しの間保おけていた八戒に、どう声を掛けて良いのか解らずそっと眺めていると、突然大声で笑い出した。


「へ!?は、八戒?」

「いえ、何だか嬉しくって」


そう言って指が絡んでいる方の手を顔の高さまで持ち上げる。
不意に小指にふんわりとした感触を感じ、彼が私の小指に口付けをしたのだと気が付いた。


「なっ…は、八戒!!」

「さ、買出しの続きに行きますよー」


少し強引に引かれた指を小さく握り返した。彼が触れた小指から熱が伝わってきて、全身が火照っている錯覚に陥る。

八戒の優しさや積極的なところに、素直さの欠片もなく焦ってしまうのを隠そうと素っ気ない素振りで返してしまうが、本当は誰よりも私の事を大切にしてくれていると分かっている。


「好き」

「何か言いましたか?」

「ううん。何でもない!!あ、次は肉まんがいいなぁー」


食べ物に釣られる様に先を行くと、繋がっていた小指が離て腕を引かれた。


「……え」

「僕も…愛しています」

「……っ」


何か言おうと顔を開いたのも束の間、何事もなかったかの様に小指を再び絡め取られて、いつもの爽やかな笑顔で私の隣を歩いた。

聞こえていない振りをするなんて…と反撃しようとしたが、彼と繋がった小指がいつもより暖かかったから……と、自分の中で言い訳を作って彼にそっと寄り添った。




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