短編A

□E
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「かなん……」


聞こえない振りをしたけれど、聞こえていた。

女性の名前。

直ぐにいつもの笑みに戻ったけれど、あの時一瞬見せた顔がどうしても忘れられなくて……でも聞くのが怖くて何となく避けるようになっていた。

朝のゴミ捨て場や、近所のスーパーで会っても今まで通りには話すことが出来ず、ぎこちない笑を浮べるばかりだった。


「失恋かぁー……」


あんなにかっこ良くて、人当たりも良い人に恋人がいない方がおかしい。
多分、八戒さんの恋人なんだから凄く美人で頭も良くて……


「きっと私何か敵わないんだろうなぁー…なんちゃって。はぁー。なんか悲しくなってきた。」


感傷に浸りながら携帯に入っている八戒さんの連絡先を削除した。

この方がいい。幸い大学には出逢いはいっぱいあるし。

でも今だけは…。


「……ッうぅー……好きだったのにー!!」


自棄糞気味に涙を流していると、来客を知らせる呼び鈴が鳴った。
こんな時に……と思い居留守を使おうとしたのだが、しつこいくらいの呼び鈴に覗き穴を確認しないまま目を擦りながらドアを開けた。


「はい!!もう何時だと思ってるんですか!?」

「あ、すみません。じゃぁ出直して来ようかなぁ……」


すんなりと耳に入ってくる心地良い声。
前までは毎日聞きたかったのに……今は全く聞きたくない声。


「八戒、さん」

「泣いていたんですか?」


スッと目元に伸ばされた手にビクリと肩を震わせた。
彼には恋人がいる。

絶対に叶わない恋。

それがわかっているからこそ、これ以上優しくはしないで欲しかった。


「……き、です」

「え」

「好きなんです。あなたに恋人がいるとわかっていても」


はっとした。
言うつもりはなかったのだ。連絡先を消してあとは自分の気持ちの整理がつくのを待つだけだったのだ。

それなのに八戒さんの顔を見たら気持が溢れ出てしまったのだ。


「……わ、忘れて下さい。えぇっと、間違えまし…っ……」


誤魔化そうと思った矢先、視界が揺らいで気が付くと私は八戒さんの腕の中にいた。


「誰と間違ったんですか?……悟空ですか?」

「どうして悟空君が……」

「好きです。あなたのことが……」



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