短編、番外編
□トリップの束の間に
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「天蓬!!」
私の付き人を命じられたのは西方軍の元帥だった。
勿論私のただの我儘である。
本来なら軍人が姫の付き人なんて有り得ないのだが、私に激甘のおじいちゃん…基天帝に頼んで、天蓬を付き人兼ボディガードにしたのだ。
だが……
「天蓬!」
気が付くと彼は直ぐにいなくなる。
毎度毎度こちらが探さなければいけないのだから、これではどちらが付き人だかわかったもんじゃない。
「失礼するわ!天っ……」
天蓬の部屋をノックもせずに開け放つと凄い音を立てて埃が舞った。
あぁ、そう言えば最近は捲簾大将も忙しそうで、彼の専属ハウスキーパーが出張に来れていないことを思い出した。
「……天蓬?埋もれてるの?」
そろりと、本を踏まない様に部屋に入った。
相変わらず片付いていない…それどころか本当に足の踏み場もない様な部屋だ。
彼はこの部屋でどうやって過ごしていただろうか。
記憶を遡れば、皆が片付けていくそばから書物を漁り……まぁ結果この今見た状態が標準と言うか、先日掃除を手伝ったばかりなのでまぁ綺麗な方である。
と、そうこうしているうちに天蓬らしき影が机の横に見えた。
「天……」
名前を呼ぼうとして咄嗟に口を閉じた。
彼にしては珍しく無防備に居眠りしているのだ。
何と珍しいんだろう……。
彼は、と言うか軍人は皆警戒心が強く他人の前で寝入ったりすることは珍しい……
「黙ってればかっこいいのに……」
近くにしゃがみこみ、そっと眼鏡を外して自分にかける。
度が強くてクラクラするなーとか考えて直に眼鏡を外そうと眼鏡に手をかけると、視界が揺らいだ。
揺らいだと言うよりも腕を引っ張られて身体が傾いたのだ。
そして……
「っ……!!」
唇にふにっとした感触の何か一瞬触れた。
「眼鏡、返していただけないなら……もう一回しちゃいますよ」
「……ぁ……」
酷く動揺した私の脳に言葉の意味が届くまでは時間が掛かり、動作に移すまでには更に時間が掛った。
だから…
「……」
「っ」
「そんなに、キスしたかったんですか?」
唇を少し離しただけの鼻先だけくっ付いた状態で、私に尋ねた。
その表情は勿論度が合わない眼鏡を掛けている私にはわからなかったが、きっと意地悪な顔をしているんだろう。
でも、されてばっかりなのは症に合わないから。
「ッ……ははっ。これは……」
「なによ?」
「眼鏡を掛けていなくても君の表情が見て取れるようですね」
あぁ……。
やはりこの男には一生勝てない。
そんなこと、私だって嫌でも分かる。きっと茹で蛸の様に真っ赤になっているに違いない。
逃げる様に立上り、眼鏡を外して机に置いた手をギュッと握られた。
振り向いた時にはもう至近距離まで迫っていたその唇を目を瞑って受入れた。
三度目の口付けの意味を知るのは後のこと。
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