短編、番外編

□私の知らない名前
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外には一歩も出た事がなかったから、自分今目の当たりにしているモノの名前すらわからなかった。


「……ッ」


でも、そんな薄く儚げな中に一際目立つものがあった。


「妖精……様?」

「妖精?」

「えっと……」


その妖精はこの薄く儚げなものは桜だと教えてくれた。

だったら貴方は桜の精ですか?と尋ねると笑われた。


「捲簾様、今日は外の世界のお話しを聞かせて下さい」

「あぁ。いいぜ」


毎日が楽しかった。
窓を開けても一面が薄く儚げなもので覆われていて、与えられたものだけを受け入れて。

なんの為にここに閉じ込められているのかさえわからない。

わかっていた事は2つ。
自分の名前と、金晴眼は不吉だと言う事。


「捲簾様。私もいつか……」


そこまで言って口を閉じた。
私がここから出ることを誰も望んでいない。

だから私も望んでは行けない。


「連れだしてやるよ。下界の桜を見にな」

「げかい?私にも教えて下さい」

「……」


また、知らないな言葉が出て来た。
あぁ、でも彼となら何処にいても楽しそうだ。

トン、とまるで空を舞うかの様に枝から私の部屋の窓辺に降りた捲簾様を見つめた。

あぁ。こんなに近くで眺めたのは初めてかも知れない。


「……」

「?」


ぼーっと彼を眺めていると、いつの間にか距離が縮まっていて彼の手が私の顎を掴み、上を向かせられる形になっていた。


「捲…ン…」

「…」


捲簾様、と呼び掛けようとした時に重なった互いの唇。
チュッと音を立てて直ぐに離れた唇が名残惜しかった。


今度は下界の土産を持ってくる、と言った彼は私の頭をクシャと撫でると、桜の樹の枝に跳び乗りどこかへ行ってしまった。


「……」


触れ合った唇が熱い。そこだけが今にも焼けそうな程熱くて、それと同時に心臓がやたらとうるさかった。

まだ私は"これ"の名前を知らない。
貴方が私の世界にきた時から、私の世界は変わった。


「捲簾様……」


次に来た時は、この名前の気持に名前を付けて貰おう。




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