短編、番外編
□風邪と確信犯
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「……」
自分の恋人が倒れたと聞いて冷静でいられる人はまず少ないだろう。
それはあの元帥然り。
だが彼の場合冷静さを欠くと大変な事になってしまう、と知ら占められる日になるとは思わなかった。
事の発端は訓練終わりに軍部の事務室に立ち寄った時だった。
西方軍の事務に所属している天蓬の恋人、名無しさんが指定の席にいなかった。
元帥である天蓬の秘書官を務めるほどの優秀な彼女が勤務中にサボる様な真似は絶対にしない。
「キミ。僕の秘書官はどこへ行ったか分かりますか?」
「元帥!!……大変申し訳憎いので御座いますが、名無しさん秘書官に口止めをされておりまして」
「……キミは雇い主よりも、いち事務官の拘束義務のない発言を優先すると言うのかな」
「ひぃいぃ……も、申し訳御座いません!!!!名無しさん秘書官なら医務室に居ます」
「医務室?」
―――――――
「どうして僕に言ってくれなかったんです?」
「……もっと早く言っていたら……この異臭の原因が10は増えていました」
至極冷静にベッドに寝そべりながら応えた彼女の周りには、見たこともないような……いや、今生見なくても良い様な奇怪なものが並べられていた。
「異臭だなんて…これは風邪に最も効くと言われている蛙と蛇の腸を羊の胃液で煮込んだものですよ?他にも……」
まぁ、口に出すだけでも吐き気がしそうな組み合わせのものが沢山あるのだから、救護担当のものは疎か、他の病人も医務室から逃げ出したのである。
そして今は必然的に天蓬と名無しさんの二人きりだった。
「いいじゃないですか。ここ最近ずっと忙しくて二人きりになれなかったんですから」
「…それを狙ってやったとしたら、とんだ策士もいたものです」
「目的の為なら手段は選ばない方ですからね」
いっそ清清しいくらいの開き直りに溜め息と……それから嬉しさがこみ上げたのは直ぐに調子に乗る彼には秘密にしておこうと思った。
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