短編、番外編
□風邪と無意識
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「あれ?寝込んじゃって風邪でも引いたの?」
久し振りに家を訪ねた。
僕的には実にグッドなタイミングで現れたと思った。
血の気のない青ざめた顔でベッドに寝そべり、時折咳込んでいた。
「あの、烏哭様失礼ながらまた日を改めて……」
「帰れってこと?」
「えっと…いえ、そう言う訳では…烏哭様に風邪を移すわけにもいかないので」
しどろもどろに目を泳がせながら話す彼女が面白かったが、あまり病人を虐めるものでもない。それに誰も風邪を引いた人間を目の前にもてなせと言っている訳じゃない。
寧ろこの子はどうしてそう言う風にしか考えられないのか…。
甘える事が…至極苦手で男慣れしていない彼女にはそれは仕方ないことなのかもしれない。
「看病してあげる」
「そんな…悪いです!!」
「いいからいいから…寝てて。」
独り暮らしの盲点は体調不良で寝こんだ時である。
しかもこの子の場合は注意深く観察していなければ自分でさえ熱があることに気が付かないことだってある。
おでこに張り付いた前髪をかき分けて自分のおでこを付けた。
勿論熱を計る為だ。
「…ッ…」
「結構熱いね…それに鼻声だし。扁桃腺腫れてるんじゃないの?口開けて」
「あ、あー…」
「…無理矢理こじ開けられたい?」
そう言うと恥ずかしそうにしながら大きく口を開いた。
頬も上気していて、脈拍も早い。病人で遊ぶものではないが、楽しくなっている自分がいた。
「どうせ食べてないんでしょ?何か作ってあげるから」
「すみません……」
「それまでおやすみ」
ここまで弱り切った彼女を見たのは初めてだった。いつも元気で、忙しない程表情をころころ変えて僕達を魅了するくせに、本人は全くの無自覚で……
無防備過ぎて彼女の純潔を奪うどころか、逆に守って上げたくなる様な、そんな子だった。
「ん……」
瞼を閉じる様に促してやると、直ぐに安心しきった様に落ち着いた寝息が聞こえた。
「拍子抜けするくらい無防備だよね、本当に……」
汗ばむ首筋に唇を寄せ、良く見なければ分からない程度の鬱血痕を残した。
我ながら卑怯だと思うが、看病をする代金にしては安いだろう。
―――――――――
「ん……ッ烏哭さ、ま……」
「目覚めた?」
ベッドサイドに腰掛けた僕を熱に浮かされた瞳で見上げて来た。
これで確信犯じゃないって言うんだから犯罪モノだ。
「お粥作ったから。それ食べたら薬飲もうね」
「……」
そう言うと更に涙目になりながらこちらを……多分本人的に睨んでいると思う。
珍しい。
何がって普段余り主張しない名無しさんが何かに抵抗しようとして僕を睨んだと言うことだ。
「どうしたの?」
「……薬、苦いなら飲みたくないです……」
言い終わった後に恥ずかしそうに顔を背けた。それからそろりと視線だけを戻して鼻までを布団に隠した。
これで襲うなって言うんだから本当に拷問である。
「……口移しで飲ませてあげようか?」
「自分で飲みます」
焦りながら食い気味で拒絶する彼女の反応が面白い反面、もしこのタイミングで来たのが僕じゃなくて光明だったらどうしたのだろうなと考えてしまうところもあった。
「じゃぁ、僕は行くね。」
「…もう、行ってしまわれるのですか?」
ベッドから身体を起こそうとする彼女を片手で制した。
一週間分の薬と温め直すだけの簡単な食事を置いて家を出ようとした。
去り際に黒い法衣の裾を掴んで「寝るまで居て下さい」何て言うものだから、らしくもなくぽかんとだらしなく口が開いてしまった。
「いいよ」
らしくもなく……本当にくどいほど言ってしまうくらい自分らしくもなく美樹が眠るまで頭を撫でて寝顔を見つめた。
時折手に擦り寄ってくるのが可愛くて……でも彼女に手を出せない臆病な自分と葛藤しながら家を出た。
「あんなの目に毒だよ……。」
同じ目に合わせてやろうと直ぐに光明を向かわせたのは後の話だ。
ついでに彼女の看病も兼ねてだが。
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