短編、番外編
□好きって言うまで逃さない
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「さーて。どうして欲しい?」
厭らしい喋り方をする苦手な上司。
と言うのが第一印象だった。いや、今でもそれはかわらない。
変わらないのだが……
「……っ…」
顔の横に手を置かれて、もう片方は自分のポケットに突っ込んだまま、煙草をふかしながらニヤついた笑を浮かべていた。
大体にして何者かも…。ましてや味方なのかもわからない人。
確かにこの城で私以外の唯一の人間だけれど、絶対信用は出来ない!
と本能が言っていた。
なのにだ。
「…黄、博士に……資料を提出しなきゃいけないんで……」
避けて下さい。と言えないのは私がこの人に特別な感情を抱いてるから。
それに気付いていてその気もないくせに迫ってくるんだから質が悪い。
「ボクがこんなに近くに居る事、滅多にないよ?」
「…〜っ!!」
ポケットに入れていた手を私の腰に回し、顔の横にあった手は先程よりも更に近い位置になっていた。
私はと言うと、左腕で資料の束を抱えながら右手でニィ博士の胸を精一杯押し出すしか抵抗しようがなかった。
「や、やめて下さい……。私、初めては好きな人とって決めてるんです!」
「へぇー…ボク、君のは"ハジメテ"もらえるんだ」
「博士になんかあげません」
「何で?」
「何でって……」
分かっているのに聞いてくる。
確かに初めては好きな人にと言ったが、目の前の絶賛片想い中の彼に初めてを捧げる気はさらさらない。
だってこんな人に捧げた所でいいことなんてないのは分かりきっているから。
でも、でも……少しだけ無駄な抵抗を試みる。
「き、嫌いだから……」
プイっと顔を背けてそう言った。
クツクツと頭上で笑い声が聞こえる。
もう恥ずかしくて死にそう。逃げ出したって彼は絶対に追ってこないから、腕からだって簡単にすり抜けられる。
だから逃げれば……
「ねぇ……」
眼前に広がる端正な顔。
彼の瞳に映る自分の顔が先程の言葉とどんなに矛盾した表情を浮かべていたか。
互いの鼻先が交わり、少しでも身動きを取れば唇が合わさってしまう距離にいた。
「好きって言ったら逃してあげる」
それでは逃がす気はないんじゃないだろうか。
左手に持っていった資料の束はとっくに足下に散らばり、自由になった両手を彼の首に回すのだった。
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