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□溶けゆく泡のように。
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大人ってほんと下らない。
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「死んだらどうして欲しい?」
バスタブの中に長い体躯を沈めたロックオンが、バブルバスの泡を掬い上げながら言う。
安っぽいホテルにはバブルバスの元が風呂場に付いてるから。
だから、安ホテル行こう。
何の脈絡もない誘いだったし、いつもなら断るところだが、『安ホテルには泡風呂のモトがある』と言う、奴の自信満々な態度に興味を抱いてしまった。
そうゆうわけで、恋人達が使用すると言う、安っぽいホテルの風呂で、この男は下らない質問を投げ掛けている。
陽気な声の中、どこかなげやりな温度を含ませてロックオンは再び言う。
「刹那が死んだら、俺はどんな風にお前を弔えばいい?」
さくさくと揺れる泡を撫でながら、顔も見ずに答える。
「死なない。」
この大人は、時折ナーバスになって嫌な言葉を吐くと最近知った。
「俺は死なない。」
でも、自分にしかその弱さを見せないと分かっているから、それもまた幸せに感じてしまう。
「俺は死なないし、俺はお前も死なせない。」
少し驚いた顔をしてから「悪かったよ」とロックオンは笑った。
「こっち来て。」
ちゃぱ、と泡を引きずりながら右手が俺の腕を掴む。
後ろから抱き込まれるようにロックオンに体を預ける。
「俺、刹那の事ほんとに好き。」
「知っている。」
「ははっ。お前、ほんとすごいね。」
呆れたように、しかし確実に愛おしい表情で笑うロックオン。
襟足の髪を梳きながら。
「この泡さ、安物だから泡が少ないし、すぐ水になっちまうんだ。」
背骨の一番目に唇を落としながら。
「高いのだと、もっと泡が多いし、しっかりしてんだ。」
ロックオンが左手をじゃばじゃばと動かすと、確かにその部分の泡は湯に消えてしまい俺の膝が見える。
「分かっていたなら、どうして安物にしたんだ?」
泡風呂を楽しみたかったなら、もう少し値の張るホテルへ行くなりモトを購入するなりすればよかったのに。
「安ホテルで、安っぽい泡風呂に入るのが、好きなんだ。」
髪を梳いていた手の、人差し指が、首の一番太い血管を緩く押さえる。
頭に、静かに、とくとくと音が届く。
「…なら、このままこの泡のように溶けてしまうか?」
「え…?」
前を向いたまま、呟くとロックオンの動きが止まる。
「お前が泡で、俺が湯だな。お前は俺に溶けてしまえばいい。」
「なに言って…」
「お前が溶けて一つになったらおんなじ温度になれる。」
血管に載ったままの人差し指に掌を重ねる。
どくどく、と音が大きくなる。
「冷めたら、栓を抜かれて、一緒に流れてしまうんだ。」
「そしたら、この部屋には俺もお前も残らない。」
そう、少しの泡切れと水滴を残して。
一緒に。
逃げ出してしまおうか?
(甘い言葉、だな。)
「だめだ…刹那…。」
「あぁ。」
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大人ってずるいし卑怯だ。
(なんて下らない生き物なんだろう。)
弱音を吐く事は出来るのに、すべてを棄てて逃げ出す事は出来ないだなんて。
大人って、狡いし卑怯だ。
(なんて羨ましい生き物なんだろう。)
こんなにも素直に、弱さを吐いても。
こんなにも恥ずかしげもなく、強いふりを出来るなんて。
安っぽい泡風呂がなきゃ楽しめないホテルのような、安っぽい人生に憧れるお前。
(戦う事を選んだ人生を、後悔していないわけじゃないお前。)
安っぽい空間で、愛を囁き合える人生を送ってみたくなった俺。
(お前と出会った事を、後悔していないわけじゃない俺。)
あぁ。
流されてしまえる弱さがあればよかったのに。
出会わなければ、こんな弱さを知る事もなかったのに。
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