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□エピソード・U。
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「兄さん、どこ行ってたんだ?」


こんなに雨が降ってるのに、とタオルを持ったライルの出迎えを受ける。


「ちょっと、な…」


冷たい雨に打たれた体は冷え切っているらしく、喋っても顔の筋肉が動いたように感じられない。


(いや、冷えたせいだけじゃない、か。)


今しがた、『ソレスタルビーイング』という組織のエージェントと接触してきたからだろう。


世界に変革を促すため、自分は選ばれたのだと聞かされた。


(すべてを捨てて、世界を変えるために戦う…か。)



テロにより家族を失い、現状を憎む自分。


(確かに、こんな世界に満足してやいない。)


だが、しかし…。




「ほら、風邪ひくぞ!シャワー浴びろよ。」



ライルの声に我に返って顔を上げると、双子の弟は風呂場へ向かい、シャワーの蛇口を捻っていた。
外の雨とは違う、シャワーのさぁさぁという水音が部屋中に響き出す。


「ほら、浴室あっためてるから…って。ニール、なに呆けてんだよ?さっさと脱げよ!」



薄手のコートはびしょびしょで、重く体に張り付いていて気持ち悪い。


「ったく…」


ライルは腕を掴んで浴室へ向かう。


濡れた自分の足音が、ぺちゃぺちゃと鳴るのが可笑しくて口許が歪む。


「なに笑ってんだよ!ほら、来いよっ!」



自分の奇行に苛立ったライルに、思い切り脱衣所へ放り込まれ背中を壁に打ち付けた。


「いてて…、っ!!」


呻いた唇に、ライルの唇が触れる。


冷えて固くなった唇に、暖かく柔らかな唇が重なり、まるでそこから溶かされるよう。


ぺちゃ、と滑稽な音が狭い空間に響く。
先程の床と足音と似た音が、濡れた唇と唇から鳴ったようだ。



「外の、味がする。」


顔を離して、ライルが言う。


顔を背けて、目を合わさずに。



「大気を含んだ、雨に濡れたから。」


答えながら、体温が戻った唇の感触を氷のような自分の指で確かめる。


まるで火傷しそうなほど熱く感じるのは、指がかじかんでいるからだろうか。


(きっと、それだけじゃない。)



「ライルは、煙草の味がするな。」


「…厭味かよ。」


やはり目線を合わさずに言うが、口調だけでむくれていると分かる。


「体に悪い。止めた方がいいって言ってるのに…」


同い年なのに子供っぽい怒り方をする彼に苦笑すると、ライルは顔を赤くして掴みかかる。



「じゃあ禁煙に協力してくれよ。」



「?ライルっ…ん、うっ…!」



衿ぐりを握り引き寄せられ、噛み付くように唇を重ねて舌が口内を這う。


回した腕で背中を掻き抱かれたまま浴室へ押し込まれ、よろけてシャワーカーテンを掴みバランスをとる。


頭を伝うシャワーが、雨水と煙草の味を薄めてくれるのに、ライルはそれを拒否するように口内を荒らす。


「駄、メだっ…!ライ、ルっ…」


離れようともがいても、逸れた唇は頬や鼻先を滑り離れてはくれない。


「なにが、駄目なんだよ…?」


タイルの壁に押さえ付けてくる、同じ顔の、しかし自分より幼い印象を残す彼は怒りに震えている。


「…ライル。こんな風に、俺に依存してちゃいけない。」


「はっ!依存?」


笑い出しそうな、泣き出しそうな顔。

黙って見据えていると、軽く頬をはたいてライルが言う。


「…お前、馬鹿なんじゃないの?」


熱い、彼の手が、俺の濡れた服を一枚剥がす。


鎖骨の窪みに唇を宛てがい、左手が緩やかに首を絞める。


「兄さんこそ、俺に依存してるくせにっ!」



罵声には答えず、なされるがまま排水溝に吸い込まれるシャワーの湯を見つめ黙る。


「そうやって、なんかありました、ってあからさまな態度とるなよ!腹が立つんだよ!!」



右のこめかみの髪を掴まれ顔を上げさせられるが、目線だけは排水溝から離さない。



「…どうせ…聞いたって答えないくせに!」


シャワーでびしょびしょの顔を歪めて叫ぶ彼と。


シャワーの熱さでもっても、ぬくもりを取り戻せない自分と。


白く煙る、ちぃさな箱で、鏡のように向かい合って。



手を伸ばし、触れたライルの頬には、シャワーよりも熱い涙が流れていて。



「お願い、だから。置いて、いかないで…。」



(大丈夫。)



君のために、捧げるから。




「あぁ、ライル。お前の言う通りだ…俺が、お前に依存しているんだ。」




愛してる、愛してるから。


(君を美しい世界で生かしてあげたい。)



離れても、僕は君のものだから。


なんにも怖い事なんかない。



「さよなら。」





そして、君は、僕のもの。




(いつか、僕の愛する人を君に託すよ。)



「また、会える、から。」



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