遊戯王【銀の月姫】

□第十五話「友の幻」
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目を疑った。
振り返った先に見えたものが、あまりにも想定外だったから。
見慣れた金髪。着崩したガクラン。少し高めの身長に、ふてぶてしく此方を見据えているのは

「城之内君!?」

咲月と同様に振り返った〈遊戯〉が、何だとと言わんばかりに瞠目した。
そう、シャーディーの言う第三の試練の相手とは、誰がどう見ても城之内としか言いようのない人物であった。

「……」

城之内は、二人を見下す様に冷えた視線を向けていたが、刹那

「!!」

突然一歩踏み出したかと思えば、〈遊戯〉の懐に飛び込んで、片腕を突き出した。
想定外な相手の登場に驚愕していた〈遊戯〉は隙を突かれ、反応が遅れる。

「あ!」

延びてきた城之内の手が、千年パズルを鷲掴みにしたかと思いきや、掴んだそれを力任せに引っ張った。
ブチリと音を立てて千切れた紐は、最早〈遊戯〉の首から下がるという役割を果たせなくなり、千年パズルは飛びのいた城之内に強奪されてしまう。

「へへ……」

「……!」

あっさり千年パズルを奪われてしまった〈遊戯〉を嘲笑うかのように、城之内の口元が歪んだ。
それは、咲月の脳裏にいつかの記憶を蘇らせる。
この顔は……

「その友は、もう一人の遊戯の心の中にある過去の記憶、そして咲月が当時友へ抱いていたマイナスのイメージが融合し実体化したもの!!昔もう一人の遊戯をいじめ、それを咲月が嫌悪していた頃の友の姿が目の前に蘇ったのだ!」

「何!?」

「!!」

咲月は今一度現れた城之内を後目に一瞥した。
ということは、今見えている城之内は、自分と遊戯の中にある昔の城之内への負の記憶と感情の集合体とでもいうのか。

「以前遊戯と咲月の心の部屋を訪れた時、それらを垣間見たのだ!お前たちが忘れていても忌まわしい記憶はどんなに時が過ぎようが永遠に心に残るもの。第三の試練とは、その友との「死のゲーム」なのだ!!」

「!?」

(死のゲーム……!?何をさせるつもりで……)

考えていた最中、隣の〈遊戯〉が足元を見下ろして目を剥いた。

「!! 咲月!!」

「!?」

グイと手を引っ張られるのと、 咲月の目の前に陽炎の様に景色をゆらめかせる透明な壁が床から現れたのは、ほぼ同時。
手を引かれるがまま何事かと見上げると、謎の壁は天高く延び、しかも自分と〈遊戯〉、城之内をグルリと取り囲んで完全に包囲している事に気づく。

(……!? 何、この透明な膜みたいな壁は。閉じ込められた……!?)

「!! 周りが、断崖の谷に……!!」

「……!!」

唖然としていると、愕然とした声を上げる〈遊戯〉の言葉にが耳に入り、咲月は険しい顔をする。
周りが、断崖の谷になっているだって?

「遊戯には、そう見えるの?」

「! お前にはどう見えているんだ?」

〈遊戯〉は咲月の淡く光る銀眼を見た。
この時、〈遊戯〉の視界には周囲の床が崩落し、半径数メートルを残して奈落の谷に取り囲まれている逃げ場なしの状況が映っていたのだが

「……壁が、見えるの。私達を取り囲んでる、薄くて透明な壁……床は、落ちていない」

「……!!」

咲月は周囲を見渡して、そう言った。
隣に立っていながら、見えている景色はまるで異なる。
床が落ちていないとは……〈遊戯〉には底が見えない奈落があるとしか思えないのに、咲月にはそれが見えていないらしい。

(透明な壁が見えるって言ったな……断崖が咲月にはそう見えているのか)

シャーディーの術が効きにくくなっているのは〈遊戯〉には察せられたが、この場合幻想が効いていない相手を幻想が殺すことなど可能なのだろうか。
いや、もし無理だとしても自分には見えている。二人で勝たなくては意味がない。自分が心の弱さを突かれて像が全て壊れれば、咲月も敗北扱いされるに違いない。

「ゲームのルールを説明する!!お前たちは交互にその「千年パズル」をサイコロ代わりに振り合う!一方が降ったパズルの先端の向く方向に相手は2マスずつ歩を進めなければならない!相手を先に谷底に落とした方が勝ちだ!!」

「!」

聞かされた試練の内容に、〈遊戯〉は顔を顰めた。
城之内と殺し合いでもしろというのか。

「さあ遊戯、咲月!その忌まわしい過去の記憶を打ち破ってみせよ!」

「く……」

城之内を見て歯噛みをする〈遊戯〉。
恐らく幻想だとは思いつつも、万が一操られている本物の城之内だったらどうすると判断不能になっているのだろう。
それはそうだ。幻想ならともかく、万が一城之内本人とこんな生き死にをかけた戦いなど出来る訳がない。自分たちは負けられない。しかし城之内も犠牲になんて出来やしないのだから。

「……遊戯待って。これは――」

その〈遊戯〉を横目に一瞥し、城之内を見据える咲月。
その視界に映る城之内は、先程の試練で見た化け物達と同じく、見えては消えてを繰り返している。
本物の城之内ならば、こうは見えない筈だ。

「城之内君本人じゃない。シャーディーが見せる偽物だよ」

「!!」

城之内に目を凝らす咲月の言葉に、〈遊戯〉は一瞬安堵しかけた。
本人ならとても殺すなんて出来ないが、只の幻想ならやりにくいとはいえ、杏子や城之内本人を助ける為に仕方ないと割り切れると思ったのだ。
しかし

「そうだな。お前の言うとおり、その友はお前達の友本人ではない。しかし、言ったはずだ。その幻想は現実に影響を及ぼすと。その幻想が死ねば、お前達の友本人の無影響は保証されぬ」

「!!」

「!?」

淡々と希望を砕く台詞を宣うシャーディーに、二人は顔を見合わせた。
幻想が死ねば、城之内本人に悪影響が出るとでも?
シャーディーの言葉が、幻想が効き難い咲月への対策の為のはったりな可能性もある。
しかし、もし本当だったらどうする。現に彼の幻想は、常識の範囲を超えた事をやってのけているではないか。
常識への脅威は、有り得ないを容易く覆すから脅威なのだ。

(嘘か本当かなんて、確かめられない……本物の城之内君に、もしもの事があったら……)

何て事だと、咲月は血の気が引く思いがした。
幻想が死ねば、城之内にどんな影響が出るかは分からない。
だが、確証が無くてもとりかえしのつかない事態になりかねない状況に、彼を巻き込む訳には……

「……」

咲月は周囲に視線を走らせる。
周りに見える、透明な壁……〈遊戯〉には、恐らく壁の向こうが断崖に見えているのだろう。
つまり、あの壁の向こうへ自分達か城之内の幻想を押しやる事になる。
そして落ちた者の末路は……

(あの壁……触ったらきっとマズい)

どうする。
自分達が勝てば、城之内本人が危険に晒されるかもしれない。
しかし、負ければ杏子も吉森も元には戻せず、双六や城之内は最悪の事態にたたき落とされるだろう。
どうすればいい?
城之内の幻想を殺さないで、この試練に勝つには……

耳朶に失笑が入ってきたのは、まさにそう思考を巡回させていた時だった。
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