陽だまりと日陰まぜてみた

□クマと友達
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誕生日、家にクマのぬいぐるみが届いた。
送り主はケイン・ゲジダスと書かれている。次元大介のアナグラムだ。
モコモコした布で膝にちょこんと乗るくらいの大きさのぬいぐるみ。
高校生男子に何送ってんだ、って思ったときそいつはつぶらな目で瞬きをした。
しかも喋って動き出した。何これ生き物?機械?
動き出す人形なんてチャッキーかテッドしか知らない。

「はじめまして〜。・・・あ、いきなり動いたからびっくりした?」

不安そうに聞くクマは箱の中で縮こまっている。
とりあえず、箱から出して机に座らせる。向かい合うように椅子に座って簡単に話を聞く。
このクマは工場から世界中に送られているらしい。なぜ動いているのか、なぜ喋れるのか、疑問は絶えないが次元はかなり不思議なものを送ってきたようだ。

「実はクマ、名前がないの。つけてくれる?」

しかし、一挙一動に癒される。むくむくしている体を無意識なのか動かしながら話している。
名前、か。適当に本棚を見ると、「バジルの冒険譚」というタイトルの本がある。

「バジル・・・にしようか。」

「きゃー!素敵!バジル、すっごい気に入ったよ!」

うん。かわいい。耳をぴょこぴょこ動かしながら喜んでいる。
拙い話口調から、まだ幼い子供だと知る。無垢と言うのが似合っている。

「君は名前なんて言うの?」

「俺は名前。」

「名前・・・
名前・・・・。名前ちゃんって呼んでもいい?」

「・・・い、いいよ。」

初めこそ怖く思ったが接していくうちに愛らしい見た目に愛情が湧いてくる。
バジルは全くの無知で俺と色んなことを話して色んな知識を身に着けていく。
その姿は母さん達にも可愛がられ、裁縫好きの母さんは色んな服を作っては着せていた。
亮介には何度か合わせたが中々面白い光景だった。
どちらも無知すぎて会話がどんどん斜め上に吹っ飛んで行くのだ。
子ども同士がはしゃぐように拙い話を何度も繰り返していた。

そんなある日、学校の帰りに次元に話しかけられた。
いきなり現れた次元に声も出せなかったが、次元はそんな事お構いなしに俺と亮介に合流し、俺の家に転がり込んだ。
俺の家に次元がいる不自然極まりない光景に動揺を隠せない。

「お前、両親は?」

「町内会の親睦旅行。明後日まで県外だよ。」

へぇ、と怪しく笑う次元にとりあえずお茶を出す。
色々聞きたいことがあるので頭の中で整理をつける。
なぜ日本に居るのか、なぜここに来たのか、そして一番にバジルは何なのか。
順番に聞いてみるが、大したことは教えてくれない。
あぁ、とかさぁな、としか答えてくれない。

「あのクマは元気か?」

「え?あ、うん。元気だよ。」

聞くことが無くなった所で次元が話しかけてくる。
目深な帽子のせいで表情がよく分からない。

「びっくりしたろ?見た瞬間送ってやろうと思ってな。」

次元は俺を驚かせるのが好きだ。それは普段の生活でもそうだったし、今日みたいに予告のない行動でもそうだ。
たまに次元が分からない。それが帽子のせいか相手が分からせないようにしているのか、それも分からない。

「あ、名前ちゃんおかえり。あれ?お客さん?」

足元からバジルが話しかける。バジルは次元に普通に近寄る。
次元は子供にするように抱え上げるが、このツーショットはシュールなほどミスマッチだ。
次元はバジルを撫で回したり、反応を面白がったりしているようだ。
バジルはいきなり何をされているのか理解が追い付いていないようで困惑している。

「や、やめて!おろして!名前ちゃん助けて!」

「はいはい。次元、いじめないで。」

「なんだ、随分仲良しだな。」

からかう様に言う次元、いまだに目的を言おうとしない。
俺としてはバジルの事を聞ければそれで充分なんだがそれも教えてくれない。

「次元、いい加減教えてよ。何しにここに来たの?」

「目的がないと来ちゃダメか。」

「いや、そう言う訳じゃ・・・。」

ただ、普段世界を飛び回ってる奴がいきなりこんな世界地図の端っこの国に来たことが気まぐれじゃないことぐらいわかる。
何を盗みに来たのか、またガードマンの仕事が入ったのか、それくらい教えてくれても構わないのに。
次元はまだ何も言おうとしない。バジルも腕の中で俺と次元を交互に見ているのが分かる。

「邪魔したなら引き上げるぜ。」

「待って、邪魔なんて言ってないだろ!」

冷たく言い放つとソファを立った。俺も慌てて立つとバジルが膝から転げ落ちた。
でも、それより玄関に向かう次元の腕を掴む。
確かに言い方がきつかったのは少し感じていた。でもだからって怒らなくてもいいだろう。

「・・・。」

無計画に引き留めた代償のように気まずい沈黙が残る。
俺は何も言うことが出来ず、沈黙に耐え切れず腕を離しかけた。
その時だった、バジルが俺と次元の間に入り込んで両方の足を掴んだ。

「何でケンカしちゃうの?名前ちゃんじげんに会いたがってたよ!
またレストランに連れて行ってほしいって嬉しそうに言ってたのに、何でケンカしちゃうの?」

「ば、バカ!何言ってんだよ!」

次元と行ったレストラン。あのオムレツがもう一回食べたいと話した事を覚えていたようだ。
俺は恥ずかしくなって腕を離してバジルの口を塞ぐ。
が、必死に抵抗するバジルは俺の手を逃れさらに言葉をつづけた。

「バジル聞いたよ。名前ちゃんがじげんのこと心配してたの!だからジャマじゃないの、本当はとってもうれしいはずなの!会いたかったって思ってるはずだもん!」

「ちょ、一回、一回黙ろう?ね、バジル。いい子だから。」

俺は後ろから感じる視線を痛く思いながらバジルを止める。
恥ずかしすぎる、普段なら絶対に言わない、会いたいとか、心配してるとか、全て悪気なしに晒される。
俺は居た堪れなくなって振り返って次元を見ることが出来ない。

「会いたかった、か。それなら言わないと分からねぇぜ?」

「・・・言えるわけないだろ。」

俺はバジルを抱きしめて立ち上がる。
心臓の音がやけに大きく聞こえてうるさい。
すぐ横に次元が来ている。俯いている俺の頭をガシガシと荒々しく撫でると次元は優しい声で俺に聞いた。

「今夜、空いてるな?」

「・・・うん。」

女に言う誘い文句みたいなセリフだったが、俺は断れなかった。
次元は俺に七時に来ると伝えて家を出た。俺はいきなり入った予定で落着けないまま七時を迎えてしまう。
俺は服を着替えて外で待っている次元の車に乗り込む。

「近場だが良いところがある。奢ってやるからさっきの事は許せよ。」

「分かった。けど、次来るときはちゃんと前もって教えてよ。」

「あぁ、善処する。」

上手く誤魔化されたような気がするが、まぁいい。
どうせ次元には何を言っても結局俺が流されてしまうんだ。
連れてこられたのは小さなレストランだ、平日だからか他に客はいない。
中に入ると店の端っこの方の席を取る。
席に移る途中、俺はお子様用の椅子を持って行った。

「お前には必要ないだろ。」

「こいつには必要だからね。」

俺は鞄を開けると中に入れていたバジルを席に座らせた。次元は呆れたように言葉を失っている。

「わぁ〜い!レストランだ!」

「・・・なんでこいつまで居るんだ?」

「今日母さんと父さん旅行行ってるって言ったでしょ?バジル置いてご飯なんていけないよ。」

大丈夫、バジルの分は俺が出すから。と付け足すと、メニューを見る。
それぞれ注文をして料理を待つ。

「まるで子持ちだな。」

「え?」

「どこに遊びに行こうにもそいつを連れて行かなきゃならないだろ。」

次元は俺をシングルマザーのように言う。
確かにそうだが、不自由に思ったことは無い。

「次元みたいにバジルと一緒に行けないような所行かないもん。ねー。」

「ねー。」

バジルは意味も分かってないだろうが俺に合わせて楽しそうだ。

「俺がどんなところに行くって?」

「そりゃ、子供の入れない所でしょ?」

「どれってどこ?どこ?」

知りたがりのバジルが興味を持ってしまった。
まずい、と思ったが次元が自然とフォローを入れる。

「お前が俺みたいなカッコイイ大人になったら連れってってやるよ。」

「やった!」

それから次元と食事を楽しんで支払いの時、
バジルの分のお金を出そうとすると次元がさっさと清算を済ませてしまった。

「お金、良かったのに。」

「かっこつけさせろ。」

外に出る次元を追いかけて俺も店から出た。
カラカラと頭上で鳴っているベルを聞きながらふと次元の後ろ姿に安心感を覚えた。
こうして会えることに世界の狭さを今更感じる。
車に乗り込むと次元は真っ直ぐ家に向かった。
バジルを膝の上に乗せ。いつも通り話しながら帰る。
家の前に着くと、バジルを先に中に入れる。

「今日はありがと。」

「あぁ、いきなり押しかけた詫びだ。」

気にしなくていいのに、と心の中でそっと思う。
次元は車の中で早くもタバコの準備をしている。

「えっと、誕生日プレゼントありがとう。俺、忘れられてるかと思った。」

「忘れるかよ、たった一人の・・・。いや、なんでもない。」

俺が聞き返す間もなく次元はじゃあな、と言い残すと車を出した。
俺は頭の整理がつかないまま結局何をしに来たのだろう、と家に帰ってまた考えた。












『クマと友達』終わり。
→あとがき
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