甘い言葉よりも儚い自由を
□伍頁
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雨の中、傘をさして大通りを歩く。
言わせてみれば雨は嫌いだ。
ジメジメした空気が嫌なのもある。
荷物が増えるというのもある。
しかし
何よりも人の気分が雨によって少しでも左右されるのが嫌だった。
今日だってそうだ。
自分が何をされたってことはないが、先輩が自分の店の女将に櫛を投げられていた。
あれは手で庇っていなければ顔に傷を作っていただろう。
自分が働いている店はここの大通りでは大きい方で、更に現代にはおかしい花魁をモデルにした店だ。
勿論、花魁は女がするもんだがここでは男が春を売る。
法に違反していることも知ってか知らずか、知らぬ顔して女将は客を連れてくる。
客との交わり、歌、言葉でさえも強要して自分が来ている着物や、与えられている道具全ては自分が客から貰う金で返さなきゃいけない。
それでも足りないぐらいの借金を店員に負わせるのが、この店のやり方だ。
「ったく、何だっていきなり降ってくんだよ!!」
傘を持っていない銀髪の男が、隣に走ってきた。
銀髪の男は傘を忘れたのだろう、頭から足までずぶ濡れだ。
自分も傘を持っているとはいえ、いきなりの大雨に着物が濡れてしまい、仕方なく近くの茶店に雨宿りをしていた。
「どうぞ。使ってくださんし」
「おぉ、ありがとな」
銀髪の男に、ハンカチを差し出した。
こんな雨だ。手で払っていようと意味がない。
いや、ハンカチで拭いたところでそれも変わらないのだけれど。
それでも拭かないよりはマシだろう。
それにしても。
隣で頭をハンカチで拭いている銀髪の男を盗み見してみた。
服も派手で、珍しく目も両眼違う。
外見からの印象:短気、面倒臭がり、無愛想。
自分の悪い癖だ。
見た目で中身を判断してしまう。
先輩にも散々注意されたが、やはりすぐには治らないようだ。
「観察は終わったか?」
「……!!」
「お前だけじゃねぇから慣れたけどな」
「ごめんなさい」
「まぁ、短気、面倒臭がり、無愛想は当たってるけどよ」
―――最悪だ……。
声に出ていたのだろう。
初対面の相手に自分は何馬鹿なことをしてるのだ。
普段ならこんなこと、絶対にありえないのに。
「俺の名は黒崎蘭丸」
「………?」
「初対面の相手にお前って失礼だろ。名前は」
「水霰、と言いんす」
蘭丸は茶店の中に水霰の手を引いて入っていく。
「あの、蘭丸様……!!」
「店の外で喋るのもあれだろ。俺の奢りだから気にすんな」
「そういうことでは……」
「こういう時は黙って奢られろ。ハンカチ貸してくれた礼だ」
「………ぁぃ…」
水霰は繋がれている手を気にしていたのだが、蘭丸はそんなことを気にもせずに店の中を歩いていく。
こんな人、今まで自分を強姦した客にもいなかった。
見た目は本当にガラの悪い人なのに、中身は意外ときっちりしてる人。
多分、借りは誰にも作りたくないんだろう。
外が雨で気温自体下がっているせいか、繋がれてる手が熱を持ったように熱くて、頬も熱くて。
でも、不思議と嫌ではなかった。
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