甘い言葉よりも儚い自由を

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広間の真ん中に、その人物は居た。
今まで自分達をこの鳥篭に閉じ込めていた、足枷であり鎖でもある。



「女将」

「なんだい、こんなとこに呼び出して、って……青霧!?」



女将は振り返る。
驚くのも当然だろう。
真斗は着物を脱いでいたのだから。



「俺の名前は青霧じゃない。真斗です」

「何の真似だい」



女将の視線が痛い。
今までこんな痛い視線を向けられたことは、記憶にある限り無に等しい。

実の親が自分を見捨てたときのそれに似ている。
自分を敵だと、子供ではないと。
幼いながらにすぐにそう思わざるを得ないほどの威圧感が、今の女将にはあった。

親に見捨てられたとき、女将は優しい目をしていた。
その優しい目でここに入れてくれた。
勿論、その時はまさかこんな店だとは思っていなかったけれど。



「女将には感謝してます。俺をここまで育ててくれて」

「青霧。約束を忘れたとは言わせないよ」



約束―――――。
真斗の性格上、一度した約束はどうやっても忘れられるわけがない。

『あんたは何不自由なくここで暮らせばいい。その代わり、ここから出ることは許さない。いいかい』



「あの約束、俺だけではなくトキヤ達にも言ったんですね」

「何のことだい」

「俺達は、金儲けの道具じゃない!!」



今までの叫びは、たった一言だけ。

自ら望んでここで働いているわけではない。
自ら望んで簡単に身を売ってるわけではない。
自ら望んで自分を偽っているわけではない。

自分という「人間」そのものを自らが否定して、偽って、望んでもいない行為を受け入れ、穢され、時には罵られ、虐げられ、外の世界を見ることなく一つの屋根に閉じこもる。

そしてその儲けは自分に入ることなく、女将に全て渡り、着飾るための道具、自分を売るための調教に使われ、自分という「人間」が表に出れば折檻という名の拷問に身を傷つける。

自分達だって、れっきとした「人間」だ。
母親という存在から生まれ、同じ酸素を吸い、同じ地面に足をつけ、同じ空の下歩き、同じ感情を持つ。

玩具のように扱われれば、さすがに思わずにはいられない。
痛む体。傷む心。死んでいく自我。



「もう、限界なんです。何もかもが」



体は、心は、これ以上耐えることはできない。
これ以上嘘をつくことも、嫌な行為で体を汚し続けることも、体を痛めつけることも全て。

何より、自分の気持ちに嘘はつけない。



「親不孝な奴だ。そんなんだから社長に捨てられたんじゃないのかい」

「何を……」

「真面目で無愛想と見せかけて、本性はだらしなくて誰彼構わず受け入れる。そしてこうして簡単に育ての親を捨てるんだ」

「だらしなくて、誰彼構わず受け入れる……?そう教えたのは!!」

「性格までは調教でどうにかなるもんじゃないんだよ。社長だってそんなのが息子だって気付きゃ跡継ぎだなんて言えるわけないじゃないか」

「あなたに俺の何が分かる!!幼い俺たちの育ちきってない心を弄んでおきながらよくそんなことが言える!!」



情けない。
幼い頃の自分になんて、今更戻れないことは分かっているのに思わずにはいられない。
「あの時に戻って全てをやり直したい」と。

なんで自分には非がないと言えるのだろう。
それならあの時雨に打たれて死んでいた方がマシだった。
未来にレンと会えると知っていても。



「こんな淫乱な野郎に殺されるくらいなら、お前も巻き添えに自ら終わらせた方がマシだ」

「…………っ」



泣くもんか。
こんな奴のために泣いてはいけない。
しかし、自分を育ててくれた唯一の親で。
幼い頃みた優しい笑顔が忘れられなくて。

女将は小さな爆弾に火をつけて足元に投げ付ける。
すると石油が撒かれていたのか見る見るうちに火は大きくなり、爆弾の衝撃で天井は崩れ落ちた。




「真斗!!」












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